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THE BEATNIKS
日本の音楽ユニット (1981-) ウィキペディアから
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THE BEATNIKS(ザ・ビートニクス)は高橋幸宏と鈴木慶一の音楽ユニット。1981年に結成された後、2018年まで断続的な活動が続いた。
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アメリカのビート・ジェネレーション(ビートニク)が名前の由来。
THE BEATNIKS名義では、単独作品だけではなく高橋のアルバム他、他のミュージシャンへの楽曲提供なども行われている。
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略歴
1981年12月5日に1stシングル「No Way Out」と1stアルバム『EXITENTIALISM』をバップからリリース。また、雑誌「ビックリハウス」誌上でさまざまな扮装(侍など)に扮してユーモラスな記事を連載。後に『偉人の血』のタイトルで単行本化された。1982年に2ndシングル「River In The Ocean」をリリースし、活動休止する。
1987年からレーベルをポニーキャニオンのT.E.N.Tへ移し、3rdシングル「Total Recall」で活動再開。初の全国ツアー「THE BEATNIKS BEAT GENERATION '87」を開催し、6月には2ndアルバム『EXITENTIALIST A GO GO』をリリースし、再び活動休止。この時期鈴木は、「THE BEATNIKSは怒りを強く感じたときに活動する」という主旨の発言をしており、高橋も同意している。
1990年代に入ると初のリミックス・アルバムを発表。1994年にAGENT CON-SIPIO内レーベル・Consipio Recordsへ移籍。ヨウジヤマモトのコレクション用音楽集を発表するもその一枚のみに終わり、活動休止。
2001年に14年ぶりとなるオリジナル・アルバム『M.R.I.』をリリース。同年アルバムツアーを行い活動休止。
2011年に結成30周年を迎え、4枚目のアルバム『LAST TRAIN TO EXITOWN』をVirgin Musicからリリース。その後も、NO NUKES 2013[1]や、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2017 in EZO[2]に出演するなど、ライブ活動を継続。
2018年に5枚目のアルバム『EXITENTIALIST A XIE XIE』をBETTER DAYSレーベルよりリリース。
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メンバー
ディスコグラフィ
シングル
アルバム
その他アルバム
映像作品
ボックス・セット
参加作品
- V.A.『ヤマアラシとその他の変種』(1990年9月27日:「THE GREATEST SONG OF ALL」収録)
- V.A.『大貫妙子トリビュート・アルバム -Tribute to Taeko Onuki-』(2013年11月27日:「LABYRINTH」収録)
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著書
- 偉人の血 (高橋幸宏、鈴木慶一名義 1985、パルコ出版)ISBN 4891940972
主なライブ出演
- ワールド・ハピネス(2011年8月7日、2012年8月12日、2017年8月6日)
- NO NUKES(2013年3月9日)
- バカ田大学祭ライブ(2017年5月3日)
- RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO(2017年8月11日)
主な楽曲
要約
視点
- No Way Out / 出口なし(1981年)
- Ark Diamant / ダイアモンドの箱舟(1981年)
- 作詞: 鈴木慶一,ピーター・バラカン 作曲: 鈴木慶一
- アルバム「EXITENTIALISM 出口主義」及び、翌年に発表されたシングル「River in the Ocean」に収録されている。インダストリアルなサウンドの中で、高橋が執拗に叩くタムの生音が印象的な楽曲。発表当時より高橋のコンサートにて、鈴木のボーカル曲として披露されており、その模様がライブビデオ「BOYS WILL BE BOYS」に収録されている。鈴木のベスト盤「謀らずも朝夕45年」にも収録された[6]。
- Now And Then / 時々(1981年)
- Inevitable / 来たるべき世界(1981年)
- River in the Ocean / 洋(うみ)の中の川(1982年)
- 作詞: ピーター・バラカン 作曲: THE BEATNIKS
- シングルカットされ、アルバム「EXITENTIALISM 出口主義」の海外盤及び再発盤に収録されている。2001年に行われたコンサートではアンコールに演奏された。
- TOTAL RECALL(1987年)
- ちょっとツラインダ(1987年)
- 作詞: 鈴木慶一 作曲: THE BEATNIKS
- アルバム「EXITENTIALIST A GO GO ビートで行こう」と、その先行シングル「TOTAL RECALL」のB面に収録されている。A面の「TOTAL RECALL」と同じく、ライブでは定番曲。1週間の合宿のうちに出来上がったわずか2曲のうちの1曲である[10]。
- COMMON MAN(1987年)
- 大切な言葉は一つ 「まだ君が好き」(1987年)
- 作詞 作曲: 鈴木慶一
- アルバム「EXITENTIALIST A GO GO ビートで行こう」に収録されている。特にプロモーションは行われていないものの、コンサートでは定番曲の一つ[要出典]。ラヴソングだが、元は鈴木の隣に住んでいたうるさい酒飲みの存在から発展した歌詞である。
- Left Bank / 左岸(1988年)
- 6,000,000,000の天国(1990年)
- The Greatest Song Of All(1990年)
- Re Up(1999年)
- 作詞: 鈴木慶一 作曲: THE BEATNIKS
- 高橋のアルバム「The Dearest Fool」に収録されている。
- 中間部に非常に大胆な政府批判を含んでいる[14]。
- Move Right In(2001年)
- 作詞: Max Dodds 作曲: THE BEATNIKS
- アルバム「Musical Resonance Imaging」に収録されている。曲名及び収録アルバムのタイトルのイニシャルを取ると「MRI」となるが、これは核磁気共鳴画像法のMRIとの掛詞になっていて、曲の冒頭にMRI検査の際聞かれる機械音が挿入されている。音源は一般のファンから募集したものである。
- Dohro Niwa(2001年)
- 作詞 作曲: 鈴木慶一
- アルバム「Musical Resonance Imaging」に収録されている。鈴木が初めて作曲したワンコードの楽曲である。1998年には既に鈴木のソロツアーで披露済であった。以降のコンサートでも定番曲である。鈴木のベスト盤「謀らずも朝夕45年」にも収録[6]。
- Tokei Paradizo(2001年)
- A Song for 4 Beats (2011年)
- カットアップだ!我らの実存(2011年)
- 作詞 作曲: THE BEATNIKS
- アルバム「LAST TRAIN TO EXITOWN」に収録されている。ビートニク作家ウィリアム・S・バロウズが発明したカットアップ手法を取り入れた歌詞が特徴。予め鈴木が書いていたサビ部分を元にイメージに合う言葉を用意した上で、カットアップを行い、その様子はインターネットで生配信された(ただし実際に録音された歌詞とは一部変更がある)[16]。2011年のコンサートではライブでカットアップを実践するコーナーが設けられた[17]。
- 鼻持ちならないブルーのスカーフ、グレーの腕章(2017年)
- シェー・シェー・シェー・DA・DA・DA・Yeah・Yeah・Yeah・Ya・Ya・Ya(2017年)
- Softly-Softly(2017年)
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テレビ出演
きわめて活動が断続的であるためか、ビートニクス名義で高橋・鈴木両名が共にテレビ番組に登場したのはかなり少ないが、1987年には当時のフジテレビ系看板音楽番組である「夜のヒットスタジオDELUXE」に2度(5月20日・6月24日放送)、前述の「ちょっとツラインダ」を演奏している。この時のサポートメンバーは高野寛、鈴木祥子、矢部浩志などであった。ちなみに両名ともこの出演が純然たる番組初登場というわけではなく、この出演より前に高橋はYMOとして、鈴木もムーンライダーズの一員として他のミュージシャンのバックバンドとして番組に登場している。
脚注
外部リンク
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