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上杉長貞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 
上杉長貞
時代 江戸時代前期
生誕 元和9年(1623年
死没 寛文2年旧暦12月3日1663年1月12日
別名 通称:宮内
官位 従四位下侍従宮内大輔
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家光家綱
氏族 上条上杉家
父母 父:上杉長員、母:大友義乗
兄弟 長政長貞
正室:近藤用義
長之、女子2人
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上杉 長貞(うえすぎ ながさだ)は、江戸時代前期の高家旗本

略歴

元和9年(1623年)、上杉長員の次男として誕生。寛永5年(1628年)、兄・長政の死去により家督を相続した。

慶安元年(1648年)11月9日、高家職に就き、12月晦日、従四位下・宮内大輔に叙任する。以降上杉家は高家旗本に列することになった。慶安3年(1650年)9月3日、御側高家に転任する。承応2年(1653年)12月28日、侍従に任官する。寛文2年(1662年)10月23日、明正上皇仙洞御所落成の祝賀使として上洛するが、その直後の12月3日に死去した。享年40。『諸御役代々記』は、長貞が上皇の院宣を紛失したため切腹したと記している。

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