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キアヌ・リーブス
カナダの俳優 (1964-) ウィキペディアから
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キアヌ・チャールズ・リーブス(Keanu Charles Reeves, 1964年9月2日 - )は、カナダの俳優・ロックバンド「ドッグスター」のメンバー[2]。俳優としての代表作は『スピード』や『マトリックス』シリーズ、『ジョン・ウィック』シリーズなど。
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来歴
俳優
レバノンで生まれ、カナダのトロントで育った。9歳のとき、演劇『くたばれ!ヤンキース』で舞台出演。本人は少年時代を振り返り「僕はサニー・チバ(千葉真一)の映画とともに育ったようなものなんだ」と語っている[3]。この頃の影響がアクション映画への思い入れとなっていく[3]。
1989年に主演を務めたコメディ映画『ビルとテッドの大冒険』がヒット、続編も制作され、キアヌは「テッド役の 20代の俳優」として世間に認知されるようになる。1991年にはパトリック・スウェイジとの共演で『ハートブルー』、そして親友のリヴァー・フェニックスと共に『マイ・プライベート・アイダホ』に出演した。
1994年の映画『スピード』の大ヒットにより国際的スターとなった。続く『スピード2』にも出演オファーがあったが 『ディアボロス/悪魔の扉』と『死にたいほどの夜』に専念するために断っている。
1999年の映画『マトリックス』が世界的に大ヒットし再ブレイク、3部作に主演し、人気を不動のものとした。
2014年に、米中合作映画『ファイティング・タイガー』でメインキャストとして出演するとともに監督デビューした[4]。また、同年には伝説の殺し屋役に扮したアクション作『ジョン・ウィック』が公開。大ヒットを記録してシリーズ化された(2023年現在第4作までが公開。スピンオフ作品製作決定)。
2020年には、出世作『ビルとテッド』シリーズの約30年ぶりとなる最新作、『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』が公開された。
2021年12月には、代表作の一つである『マトリックス』シリーズの続編『マトリックス レザレクションズ』が公開、約18年ぶりに主役のトーマス・A・アンダーソン / ネオを演じた。同年、コミック『BRZRKR』出版を予定しており、これに基づき主演した映画をNetflixで配信予定である[5]。さらにこれに基づくアニメシリーズでは声優を務める予定である。
音楽
1991年に結成されたグランジ・ロック・バンドの「ドッグスター」ではベースを担当し、好んでフェンダー製のプレシジョン・ベースを弾いている。
商業的には決して大きなものはなく、同バンドはアルバム2枚を発表したが、2002年10月の来日公演を最後に活動休止した。その公演は岡山県倉敷市で行われ、1万人以上の観客を集めた。その後、キアヌは「ベッキー」という別のバンドでもベースを弾いていたが、2006年には音楽活動を取りやめたことが報じられた[6]。
2022年にドッグスターは活動を再開し、2023年5月のアメリカでのライブを封切りに、9月には大阪・横浜で来日公演をした[2]。
ミュージック・ビデオ
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人物
要約
視点

好尚
上述のとおり千葉真一の熱狂的なファンで[3][7]、「(千葉主演の)『激突! 殺人拳』からアクションと芝居を学んだ。僕は映画用のカンフーならできるけど、サニー千葉は実際に人をボコボコにできる。情熱を感じる」と受けた影響を語っており、主演映画『ジョン・ウィック』のプロモーションで来日した2015年10月に千葉と待望の対面を果たした際には、"Oh my god!" を連発[8]。千葉へ低頭しながら「ハジメマシテ、マエストロ(巨匠)!」と固い握手を交わし、挨拶した[8]。キアヌは「あなたはキャラクターを演じるだけでなく、そこにアクションを盛り込んだ。屈強なキャラクターにもあなたが演じると心が感じられる」と身振り手振りを交えながら、終始嬉しそうに大はしゃぎの様子だった[8]。
日本文化好きでも知られ[9]、帝国ホテルが大のお気に入りである。映画『JM』では「洗濯を頼みたい。帝国ホテルで頼むような洗濯だ。東京の……」というアドリブを入れた。ラーメンが大好きで、中でも味噌ラーメンがお気に入りである。来日した時には必ずラーメン屋に立ち寄り、ハシゴすることもしばしばで贔屓の店まである。
キアヌは残りの人生で最も聴きたい曲はどれか?の質問に対し、何度か呻きながら首を振った後、イアン・カーティスが亡くなった翌月にリリースされたジョイ・ディヴィジョンの“Love Will Tear Us Apart”を挙げている。
オートバイ好きでレースに出場することも多く[3]、ノートン製のバイク(コマンド750、コマンド850)2台の他、ハーレー・ダヴィッドソン、オフロード用のバイクなど複数台のバイクを所有しており、バイクに乗る姿が目撃されている。一方で転倒や事故も数回起こしており、特に『マトリックス』のクランクイン前に首や脊椎を痛める大事故を起こし、手術が必要なほどの重傷を負った。術後、首にギプスをしたまま映画のアクションシーンの訓練をしている姿が『マトリックス』の特典映像にも見られた。車は黒いポルシェを所有しているが、友人と出かける時に乗る程度で埃をかぶっていることが多いらしい。『マトリックス』三部作が完結したあと、「映画の成功は特殊効果チームのおかげ」と言い、映画に関わったクリエーターたち全員にハーレー・ダヴィッドソンをプレゼントしたという逸話もある。2015年7月26日に開催された鈴鹿8時間耐久ロードレースのために来日し、決勝日前に自身がプロデュースしている『Arch Motorcycle』を繰ってサーキットを疾走した[10]。レース当日にも前日同様に自らのマシンでサーキットを走った上、8耐レースのスターターとしてスターティングフラッグを振り、鈴鹿サーキット内でトークショーも開催した[11]。
映画『リトル・ブッダ』では、ゴータマ・シッダールタ役を演じたが、キアヌ本人は仏教に関心はあるとしつつ無宗教であると述べている[12][13]。
家族
父はハワイ出身のアメリカ人地質学者[14]、父方の祖母は中国系ハワイアンであり[15]、キアヌは中国美術や中華料理などに囲まれながら育ったという[16]。母はイングランド人の元ダンサー、デザイナー。キアヌという名前はハワイ語で「山からの涼風」もしくは「絶えず神の意識に集中する者」という意味を持ち、叔父のヘンリー・キアヌ・リーブスにちなんで付けられた。
妹のキムは、白血病のためハワイのコンドミニアムで医師による24時間体制の看護の下で療養生活を送っていたが、現在は寛解している[17]。また、キムのほかに異父妹カリーナ・ミラー(1976年、トロント生まれ)と、異母妹エマ・ローズ・リーブス(1980年、ハワイ生まれ)がいる。
ジェニファー・マリア・サイム(アメリカの女優、レコード会社重役)と1998年から交際していたが、1999年12月に娘が死産となった後、2000年初頭に破局。のち、リーブスと再会した直後の2001年4月2日、運転していたジープで駐車していた自動車に突っ込み、28歳で亡くなった。
生い立ち
幼少期は世界各地を転々としながら、母親の再婚相手と共に生活するという不安定なものであった。1966年の離婚後、母は衣装デザイナーの職に就き、最初はオーストラリア、続いてニューヨークシティへと移り住んだ。そこで母はハリウッドとブロードウェーの監督のポール・アーロンと出会い、再婚する。しかし、家族で移り住んだ先のトロントで1971年に離婚した。1976年に実業家のロバート・ミラーと再々婚するも、1980年に離婚する。4番目の夫である美容師のジャック・ボンドとは、1994年に結婚生活の終わりを迎えている。両親に代わって、祖父母とナニー(ベビーシッター兼ホームスクールの先生)が、キアヌとキムの面倒を見た。
キアヌは主にトロントで育ったが、5年間に4つの高校に通っている。そのうちの一校Etobicoke School of the Artsでは退学処分を受けている。その理由について彼は「だって、僕はだらしなくて落ち着かない生徒だったからね。少々やんちゃで、嘘をつき過ぎた。端的に言って素行のいい生徒じゃなかった。恐らくみんなの足を引っ張る存在だったんだね」と語っている。キアヌはアイスホッケーにおいて優れた能力を発揮する一方、失読症により学業に苦労したが、シェークスピアなどの戯曲に惹かれ演劇に強い関心を持つようになった[18]。通った高校のうちのもう一校De La Salle College "Oaklands"では、ゴールテンダーとして活躍した。仲間は彼を「The Wall(壁)」と呼び、投票で最優秀選手に選出した。当時のキアヌにとっては、冬季オリンピックのアイスホッケーカナダ代表の選手になることが一番の夢であったが、怪我によりその道は断たれた。その後、俳優業と並行して通えるフリースクールに入るも中退する。結局、高校教育を修了することはなかった。
人柄

アメリカの一部メディアで、キアヌの性的指向について「ゲイ、バイセクシャル」、「ゲフィン・レコードの社長と同性結婚」などと報道されたことがある。しかし、この時期の前後に『マイ・プライベート・アイダホ』という同性愛を描いた映画に出演したことが、これらの記事にも影響を与えた可能性があるともいわれる。それらの報道に対しては、否定も肯定もせずノーコメントを通し、本人は「ここで僕が『疑惑』を否定したら、それが(ゲイやバイセクシュアルが)悪いことのようじゃないか」と語っている。
「聖人」と呼ばれるほどの人格者で知られており、2010年代後半になるとキアヌの聖人エピソードがインターネット・ミームとまでなっている[19][20]。その「聖人」ぶりから、結果的にどの役を演じてもキアヌ本人の人柄が落とし込まれるようになっている[21]。
代表作としても知られる映画「マトリックス」で得た報酬の70%をガン研究に寄付していたことからも、キアヌの人柄がうかがえる。
チャリティ
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フィルモグラフィ
要約
視点
※役名の太字表記は主演。
映画
劇場公開映画
テレビ映画
WEB配信映画
短編映画
テレビシリーズ
テレビドラマ
WEB配信ドラマ
WEB配信アニメシリーズ
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ゲーム
※役名の太字表記は主人公。
日本語吹き替え
要約
視点
主に担当しているのは、以下の三人である。
- 森川智之
- 1999年放送の『チェーン・リアクション』(テレビ朝日『日曜洋画劇場』版)で初担当。最も多く吹き替えている。近年では実写作品の他にも『トイ・ストーリー4』やゲーム『サイバーパンク2077』などでも吹き替えを担当し、ほぼ専属となっていることから「キアヌ声優」と評されることもある[26]。森川自身はキアヌを演じる際に意識していることについては「彼の喋りや呼吸、骨格をイメージすると、自然と雰囲気が出来上がる」と話している[27]。2015年に『ジョン・ウィック』のプロモーションでキアヌが来日した際に対面を果たしており、「これからも森川さんお願いします」と言われたことをブログで明かしている[28]。また自身も2016年から野原ひろし(二代目)としてレギュラー出演しているアニメ『クレヨンしんちゃん』(第1132話「オラの掃除機はかっこいいゾ」)でもキアヌを模したキャラクターの声を担当。
- 小山力也
- 『マトリックス』(ソフト版)で初担当。森川の次に多く吹き替えており、ワーナー・ブラザース配給作品を中心に[29]、同シリーズ全作のほか『コンスタンティン』などの代表作も担当したことで「キアヌ・リーブスといえば小山力也」とも評されるほどに認知され[30]、森川同様に「キアヌ声優」と評されることがある[31]。キアヌについて小山は「子供がそのまま大人になったような方。素直で、誰に対しても裏表がなく、心のキレイな方」と評している。演じる際にはキアヌの繊細な演技を潰さないように気をつけているといい、初担当となった『マトリックス』シリーズは自身の代表作であると同時に絶対に忘れられない作品であるために、今でも時折見返して明日に繋げていると述べている。同シリーズのトリロジーから長いブランクを経て公開された4作目『マトリックス レザレクションズ』でも吹き替えを続投した[32]。今後キアヌとの対面の機会が出来た際には「幼少期のことなどを聞いて、何か一つでも人生のヒントが得られたら嬉しいですね」とも話している[33]。なお、フジテレビの『私のバカせまい史 海外スターお忍びグルメ史!』では来日したキアヌが『九州じゃんがら』に来店し、ラーメンを食べる様子を小山が吹き替える一幕もあった[34]。
- 宮本充
- 1993年放送の『ハートブルー』(日本テレビ『金曜ロードショー』版)で初担当。上記二名に次いで多く吹き替えており、主にデビュー初期の作品を担当[35]。90年代におけるキアヌのフィックスとして定着していた[36]。「宮本キアヌ」と呼称されることがある[37]。初担当となった『ハートブルー』を劇場で鑑賞した際には「なんて綺麗な俳優だろう」とキアヌの整った容姿に驚いたといい、まさか自分が吹き替えを担当するようになるとは想像もしなかったという。『スピード』(テレビ朝日『日曜洋画劇場』版、日本語吹替完全版Blu-rayBOX収録)は評価が高く[38]、同作は宮本自身も当時必死に演じた思い出深い作品であり、現在も台本を保存しているとのこと[36]。上記の小山とは親交があり、ラジオCD「TVアニメ『血界戦線&BEYOND』技名を叫んでから殴るラジオVol.2」では両者がキアヌを吹き替えていることについて触れたトークが展開されている。
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脚注
外部リンク
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