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ドニー・ジョゼフ
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ドン・アトリー・ジョゼフ(Don Atley Joseph, 1987年11月1日 - )は、アメリカ合衆国・テキサス州サンマルコス出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。
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経歴
要約
視点
レッズ傘下時代
2009年、MLBドラフト3巡目(全体88位)でシンシナティ・レッズから指名され、6月12日に契約。ルーキー級ビリングス・マスタングスで8試合に登板後、7月にA級デイトン・ドラゴンズへ昇格。A級では16試合に登板し、2勝2敗4セーブ、防御率4.35だった。
2010年はA級デイトン、A+級リンチバーグ・ヒルキャッツ、AA級カロライナ・マドキャッツでプレー。A+級では31試合に登板し、0勝4敗17セーブ、防御率2.31だった。
2011年はAA級カロライナで57試合に登板し、1勝3敗8セーブ、防御率6.94だった。
2012年はAA級ペンサコーラ・ブルーワフーズで開幕を迎え、26試合に登板。4勝2敗13セーブ、防御率0.89と好投し、6月にAAA級ルイビル・バッツへ昇格。AAA級では18試合に登板し、4勝1敗5セーブ、防御率2.86だった。
ロイヤルズ時代
2012年7月31日にジョナサン・ブロクストンとのトレードで、J.C.スルバランと共にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[1]。移籍後はAAA級オマハ・ストームチェイサーズで11試合に登板し、1勝0敗2セーブ、防御率4.15だった。オフの11月20日にロイヤルズとメジャー契約を結び[2]、40人枠入りした。
2013年2月15日にロイヤルズと1年契約に合意[3]。3月27日にAAA級オマハへ異動し、開幕をAAA級で迎えた。7月11日にウェイド・デービスが父親産休リスト入りしたため、メジャーへ昇格し[4]、同日のニューヨーク・ヤンキース戦でメジャーデビュー。4点ビハインドの7回裏から登板し、先頭打者を打ち取ったが、その後四球を与え、続くソイロ・アルモンテに安打を打たれ、一・二塁となった場面で降板した[5]。7月12日のクリーブランド・インディアンス戦では1回を無失点に抑えたが、7月13日にAAA級へ降格した[6]。8月10日にメジャーへ昇格[7]。同日のボストン・レッドソックス戦で2回を無失点に抑えたが、8月11日にウェイド・デイビスが家族の緊急時リストから復帰したため、AAA級へ降格した[8]。9月3日に再昇格。この年は6試合に登板し、防御率0.00だった。
2014年2月27日にロイヤルズと50万1200ドルの1年契約に合意[9][10]。3月23日にAAA級オマハへ異動し、開幕をAAA級で迎えた。4月7日にティム・コリンズとフランシスリー・ブエノが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格した[11]が、4月9日にルイス・コールマンが故障者リストから復帰したため、登板のないままAAA級へ降格した[12]。6月9日にメジャーへ昇格。6月16日のデトロイト・タイガース戦でシーズン初登板となったが、0.2回を5安打6失点の乱調で、6月17日にAAA級へ降格した[13]。6月24日にDFAとなった[14]。
マーリンズ傘下時代
2014年6月30日に金銭トレードでマイアミ・マーリンズへ移籍[15]。同日にAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズへ異動した。7月31日にDFAとなった[16]。8月3日にAAA級ニューオーリンズへ降格した。
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詳細情報
年度別投手成績
- 「-」は記録なし
背番号
- 49(2013年-2014年)
脚注
外部リンク
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