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喜入町
日本の鹿児島県揖宿郡にあった町 ウィキペディアから
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喜入町(きいれちょう)は、かつて鹿児島県揖宿郡にあった町。2004年11月1日、鹿児島市に編入され自治体としては消滅した。
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地理
薩摩半島の南東部に位置していた。喜入町は南北16km、東西6.2 kmの細長い地形で、西方には烏帽子岳、荒岳、尾巡岳、吉見岳などの山が南北に連なっている[1]。
全体的に平野部が少なく、山地や台地が多くを占めており、多くは桜島の爆発によるシラスで形成されている。
大字
町村制が施行され喜入町が成立した際にそれまでの藩政村の区域は大字となり、瀬々串、中名、前之浜、生見の4大字が構成された[2]。1988年(昭和63年)に喜入及び一倉の2大字が中名と前之浜より分割され成立し[3][4]、2004年(平成16年)の鹿児島市編入時には、瀬々串、中名、喜入、一倉、前之浜、生見の6大字から構成されていた[5]。
それらは現在の鹿児島市喜入町・喜入瀬々串町・喜入中名町・喜入一倉町・喜入前之浜町・喜入生見町にあたる[6]。
→「鹿児島市の町丁 § 平成の大合併による5町編入」も参照
歴史
→「鹿児島市の行政区域の変遷」も参照
姉妹都市
行政
歴代村長・町長
歴代の喜入村長、喜入町長を記載する。表記は『喜入町郷土誌』306頁に基づく[8]。
消防
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人口
以下の人口遷移表は『喜入町郷土誌』19頁の記述に基づく[11]。
- 凡例
人口(人) | 世帯数(戸) |
1920年 | 12,020 | |
2,827 | ||
1930年 | 12,935 | |
2,856 | ||
1940年 | 12,847 | |
2,684 | ||
1950年 | 17,541 | |
3,648 | ||
1960年 | 14,562 | |
3,678 | ||
1970年 | 11,764 | |
3,881 | ||
1980年 | 12,574 | |
4,326 | ||
1990年 | 12,518 | |
4,400 | ||
2000年 | 12,802 | |
4,828 | ||
学校
中学校
小学校
太字の学校は標準服の着用が義務付けられている。
交通

鉄道
道路
国道
県道
- 鹿児島県道17号指宿鹿児島インター線(指宿スカイライン)
- 鹿児島県道23号谷山知覧線
- 鹿児島県道232号知覧喜入線
- 鹿児島県道233号喜入停車場線
- 鹿児島県道234号石垣喜入線
- 鹿児島県道245号飯山喜入線
道の駅
名所・旧跡
- 喜入のリュウキュウコウガイ産地はメヒルギのマングローブ林として、日本での北限に近い位置にある。
- 千貫平自然公園
喜入町出身の著名人
脚注
参考文献
関連項目
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