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徳大寺実守
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徳大寺 実守 (とくだいじ さねもり)は、平安時代後期の公卿。藤原北家閑院流徳大寺家。右大臣・徳大寺公能の三男。官位は従二位・権中納言。
経歴
後白河朝の保元2年(1157年)叙爵。美作守、皇后宮権亮、春宮権亮、蔵人頭を経て、嘉応2年(1170年)参議に任ぜられ、公卿に列する。嘉応3年(1171年)従三位、承安3年(1173年)正三位と昇進を続け、養和2年(1182年)権中納言・従二位、寿永2年(1183年)左兵衛督を歴任するも、元暦元年(1184年)にすべての職を辞する。翌元暦2年(1185年)薨去、享年39。死因は脚気とされる[1]。
官歴
『公卿補任』による
- 保元2年(1157年) 9月8日:叙爵(従五位下)、美作守。10月7日:兼侍従。10月22日:従五位上
- 保元3年(1158年) 5月21日:左近衛少将、美作守如元。8月1日:兼皇后宮権亮
- 保元4年(1159年) 正月3日:正五位下。2月13日:止皇后宮権亮
- 永暦元年(1160年) 10月11日:従四位下
- 応保元年(1161年) 10月19日:右近衛中将。美作守如元
- 応保2年(1162年) 正月5日:従四位上
- 長寛元年(1163年) 12月20日:止美作守
- 長寛3年(1165年) 正月23日:正四位下
- 仁安元年(1166年) 10月10日:兼春宮権亮
- 仁安3年(1168年) 2月19日:止春宮権亮。8月10日:蔵人頭
- 嘉応2年(1170年) 12月30日:参議、右近衛中将如元
- 嘉応3年(1171年) 正月18日:播磨権守。4月7日:従三位
- 承安3年(1173年) 正月6日:正三位
- 安元2年(1176年) 正月30日:兼備中権守
- 養和2年(1182年) 3月8日:権中納言
- 寿永元年(1182年) 8月14日:兼皇后宮権大夫。10月13日:従二位
- 寿永2年(1183年) 12月21日:転左兵衛督
- 元暦元年(1184年) 8月某日:辞権中納言并左兵衛督
- 元暦2年(1185年) 4月25日:薨去、享年39
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系譜
『尊卑分脈』による
脚注
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