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犬飼俊久
日本のアナウンサー ウィキペディアから
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犬飼 俊久(いぬかい としひさ 1944年1月7日[1][2] - )は、日本のアナウンサー、実業家。愛知県名古屋市瑞穂区生まれ[2]。
来歴・人物
東海高等学校卒業[2]。1967年(昭和42年)に中央大学商学部会計学科を卒業[3][4]後、東海ラジオ放送へ入社[5][2]。主にプロ野球の中日ドラゴンズ戦(『ガッツナイター』)などスポーツ中継を担当し、1974年・1982年・1988年のセントラル・リーグ優勝や1994年(平成6年)の「10.8決戦」など多くの名試合の実況を担当してきた。また、東海地方の有名企業のトップ・財界人にインタビューする番組を担当していた。
2004年12月に報道制作局長兼放送技術局長(役員待遇)となった[5]後、2005年6月に取締役報道制作局長[5]となりアナウンサーとしての一線から退くも、スペシャルウィーク(聴取率調査週間)時の『ガッツナイター』には特別に実況を担当することもあった。2007年1月取締役東京支社長(同年6月より常務取締役東京支社長)に転出する[5][6]とともにアナウンサー職を離れた。2009年に本社へ戻り、常務として番組審議会に出席していたが、同年6月に取締役を退任し、子会社である東放企業株式会社(尾張温泉などを運営する会社)の代表取締役社長を務めた[7]。
2009年9月30日の中日対巨人戦(ナゴヤドーム。この日は2009年のナゴヤドームでのレギュラーシーズン最終戦となった)の試合終了後に行われた立浪和義の選手引退セレモニーで司会を務めた(司会を務めることは公には発表されていなかった)。
2011年7月にはフリーアナウンサーとして、RADIO SANQの高校野球(全国高等学校野球選手権愛知大会)中継で数年ぶりのスポーツ実況を元同僚の亀関開とともに担当[8]。さらに、2014年7月14日の中日対阪神戦(ナゴヤドーム)で、東海ラジオでの野球実況を8年ぶりに担当したほか、2018年3月3日のオープン戦中日対楽天戦(ナゴヤドーム・星野仙一の追悼試合)においてDAZN向け中継の実況に起用された。
80歳となった2024年4月29日の対横浜DeNA戦は東海ラジオ『ガッツナイターClassic Day』として、3回裏まで実況(解説:鈴木孝政、4回以降は自局の村上和宏が実況を担当するリレー形式)を担当した[9]。
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出演番組
東海ラジオ時代
- 東海ラジオ ガッツナイター - 1969年から2006年までの間に実況を担当[2]。初実況は1969年8月13日の中日対アトムズ戦(中日スタヂアム)[2]。『ダッシュ!東海GO!GO!ナイター』時代の1971年には、6月20日の中日対巨人戦(中日スタヂアム)で初の全国ネット向け実況を担当[2]。『東海ラジオ ショーナイター』時代の1974年には、開局以来初のリーグ優勝や日本シリーズ(対ロッテ第1戦…10月16日)中継の実況を担当している。
- 名古屋国際女子マラソン中継(第1回より担当[2])
- 競馬中継
- 犬飼俊久のいきいきインタビュー(『あんびるとよぞう ラジオナイト』内)
- スポーツNOW - 2000年度ナイターオフ(2000年10月 - 2001年3月)、平日18:00 - 18:50に放送のスポーツ情報番組。月・火曜パーソナリティを担当。
東海ラジオ退社後
- スポーツスペシャル めざせ!甲子園(2011年7月17日、RADIO SANQ) ※瀬戸北総合対江南(小牧市総合運動場野球場)を実況。
- 東海ラジオ ドラゴンズスペシャル 犬飼俊久実況中継(2014年7月14日)※中日対阪神戦(ナゴヤドーム)を実況。
- ドラゴンズスペシャル 星野仙一氏追悼試合 プロ野球オープン戦 中日×楽天 実況中継(2018年3月3日 12:30 - 15:30)[10]
- 東海ラジオ『ガッツナイターClassic Day』(2024年4月29日)※中日対横浜DeNA戦(バンテリンドームナゴヤ)を3回裏まで実況。
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ディスコグラフィ
- 唸れ!!快速球 ドラゴンズの星・小松への賛歌(1979年、キャニオン・レコード発売。小松辰雄=中日投手の応援歌)
著書
- 話せば知恵がわいてくる 犬飼俊久のいきいきインタビュー(2000年、東海ラジオ放送発行。著者:犬飼俊久・東海ラジオ、編者:東海ラジオ事業局) ISBN 4924922048
連載
- ワンちゃんのマイク余話(『月刊ドラゴンズ』2012年5月号 - 2014年3月号)
脚注
参考資料
関連項目
外部リンク
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