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稗造村
日本の石川県羽咋郡にあった村 ウィキペディアから
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村の名称は、当村の北半分が江戸時代に当地に存在した「稗造荘」に属していたことによる。
地理・概要
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、羽咋郡東小室村、大西村、江添村、広地村、今田村、和田村、貝田村、尊保村、楚和村、阿川村、入釜村、灯村、鵜野屋村、地保村、切留村及び田中村を廃し、その区域をもって羽咋郡稗造村を設置する。当時は383世帯、人口2,212人。
- 1920年(大正9年)- 世帯366、人口2,181人。
- 1950年(昭和25年) - 入植が行われた、字今田の区域の一部及び字和田の区域の一部を字八千代に設定する。
- 1953年(昭和28年)- 世帯392、人口2,209人。
- 1954年(昭和29年)11月3日 - 羽咋郡富来町、福浦村、熊野村、稗造村、東増穂村、西増穂村、西海村及び西浦村を廃し、その区域をもって羽咋郡富来町を設置する。17大字は富来町の大字に継承。
教育
関連項目
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