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笠岡町
日本の岡山県小田郡にあった町 ウィキペディアから
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笠岡町(かさおかちょう)は、岡山県小田郡にあった自治体である。
概要
現在の笠岡市笠岡・中央町・富岡(旧笠岡町)、絵師・馬飼・広浜・今立・園井(旧今井村)、および春日台(一部)[4]に当たる。
明治4年に深津県(のちに小田県と改称)が発足するとその県庁が置かれたが、その後岡山県に合併されると、発展途上の笠岡は深刻な影響を受け人口が激減したと伝えられる[2]。
沿革
- 延宝2年(1674年) - 干拓によって富岡新田が造成される[2]。
- 天和2年(1682年) - 笠岡村から富岡村が独立する[2]。
- 慶応4年5月16日(1868年7月5日) - 倉敷県が設置されてその管轄となる[2]。
- 明治4年11月15日(1871年12月26日) - 深津県が発足。
- 明治5年6月7日(1872年7月12日) - 小田県に改称。
- 1875年(明治8年)12月10日 - 小田県が岡山県に合併される。
- 1878年(明治11年)9月29日 - 郡区町村編制法の岡山県での施行により、行政区画としての小田郡が発足。郡役所が笠岡村に設置。
- 1883年(明治16年)2月15日 - 連合戸長役場制度発足により、小田郡第一部戸長役場を笠岡村に設置し同村を管轄。また同第二十五部戸長役場を富岡村に設置し、同村および馬飼村・広浜村・絵師村を管轄[2][5]。
- 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、笠岡村と富岡村が合併して村政施行し、笠岡村が発足。笠岡・富岡の2大字を編成し、役場を大字笠岡に設置[2][5]。
- 1891年(明治24年)10月23日 - 笠岡村が町制施行して笠岡町となる[2]。
- 1951年(昭和26年)4月1日 - 今井村を編入し、7大字となる[2]。
- 1952年(昭和27年)4月1日 - 金浦町と合併して市制施行し、笠岡市が発足。同日笠岡町廃止。
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行政
歴代町長
教育
- 笠岡東小学校(笠岡、1968年に笠岡市立笠岡小学校となる[6])
- 笠岡西小学校(笠岡、1968年に笠岡市立笠岡小学校となる)
- 富岡小学校(富岡、1966年に笠岡市立中央小学校となる[7])
- 今井小学校(今立、現・笠岡市立今井小学校)
- 笠岡東中学校(富岡、現・笠岡市立笠岡東中学校、1980年に西大島新田の新校舎に移転[8])
- 笠岡西中学校(笠岡、現・笠岡市立笠岡西中学校)
- 岡山県立笠岡高等学校
- 淳和女子高等学校(現・岡山龍谷高等学校)
(参考文献:[9])
交通
脚注
関連項目
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