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黒木真由美

日本の女性歌手、女優、タレント ウィキペディアから

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黒木 真由美(くろき まゆみ、1959年12月28日[1] - )は、日本歌手女優タレント、デザイナー[2]福岡県福岡市出身[1]。色黒でエキゾチックな顔立ちと、インディアンスタイルで人気を集めた。

概要 くろき まゆみ 黒木 真由美, 別名義 ...

当時の所属事務所

小澤音楽事務所[1] → アルト企画(小澤音楽事務所の系列会社。現:アルトプランニング)

プロフィール

福岡市立多々良中学校[1] → 日出女子高等学校[1]

1974年日本テレビスター誕生!』の小倉市民会館で行われたテレビ予選で、山口百恵の「青い果実」を歌い合格。

同年7月17日(放映は8月11日)、第11回決戦大会で、平田隆夫とセルスターズの「強いほうがいい」を歌い審査員特別賞を受賞(最優秀賞は岩崎宏美)。獲得の意思を示した会社は岩崎より多く18社。ちなみに岩崎は8社。テレビ予選と決戦大会のVTRは現存していないが、一部は16mmフィルムで撮影され、木曜スペシャル『実録・スター誕生!1974』にて放映された(1974年11月14日)。フィルムは存在が確認されており、過去を振り返る番組で流されることも多い。

1975年3月、キングレコードからシングル「好奇心」で歌手デビュー。健康的なトースト肌とお下げ髪で、ニックネームは"インディアン娘"[3]。以降「感情線」「神さまお願い」などをリリース。

1975年の新宿音楽祭の銅賞を受賞。

同年11月「12のらくがき」をアルバムリリース。収録された「恋人と呼ばれて」「北極回り」の2曲は、山下達郎が初めて他人に提供した作品。

その後の1977年10月、同じ事務所の石江理世目黒ひとみ(正確には黒木と目黒はアルト企画、石江は小澤音楽事務所)と共に、3人組グループ「ギャル」を結成したが、1979年に解散。アイドル時代を振り返り「まるで人形でした。『どんな時にも笑ってろ!』と言われて」と話している[3]

女優に転身した後[3]1984年プロ野球読売ジャイアンツ投手林泰宏と結婚し、一時芸能界を退く。林との間に長男・長女で元タレントの黒木マリナをもうける。

1996年の離婚を機に芸能界に復帰。

1999年紗原 亜未に一時改名し、ヘアヌード写真集も出版した。

2000年代初頭頃にブランドの企画・デザイン、プロデュースの話を受けたのをきっかけにヨーロッパのブランド、芸術の美に惹かれ、高級アパレルブランド「ルアンジュ」で洋服、バッグ、食器など商品の企画、デザインの開発を手掛け、2017年頃にルアンジュのスタッフと一緒にパリに移住[4]

なお、長女の黒木マリナは元タレントで、2006年5月にはシングル『コイ★クル』で親子二代の歌手デビューも果たした。

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ディスコグラフィ

※ すべてキングレコードより発売

シングル

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アルバム

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出演

テレビドラマ

CM

ゲーム

写真集

  • 黒木真由美写真集 -そして紗原亜未へ- 光たちよ、陰たちよ。(1999年5月発行、竹書房
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脚注

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関連項目

外部リンク

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