松平頼重

日本の江戸時代初期の大名。常陸下館藩主、讃岐高松藩初代藩主。水戸徳川家連枝高松松平家の祖・当主。従四位上左近衛権少将、讃岐守、贈正三位 / ウィキペディア フリーな 百科事典

松平 頼重(まつだいら よりしげ、元和8年(1622年)7月1日 - 元禄8年(1695年)4月12日[1])は、江戸時代前期の大名讃岐国高松藩の初代藩主。高松松平家の祖。水戸藩2代藩主徳川光圀水戸黄門)の同母兄。3代藩主徳川綱條の実父。

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  • 松平 頼重
  • 松平 賴重
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松平 頼重
時代 江戸時代前期
生誕 元和8年7月1日1622年8月7日
死没 元禄8年4月12日1695年5月24日
改名 竹丸・八十郎(幼名)→松平頼重
別名 号:龍雲軒源英
諡号 英公
戒名 龍雲院殿雄蓮社大譽孤峯源英大居士
官位 従四位上左近衛権少将讃岐守正三位
幕府 江戸幕府
主君 徳川家光家綱
常陸下館藩主→讃岐高松藩
氏族 水戸徳川家高松松平家
父母 父:徳川頼房、母:高瀬局
兄弟 頼重、通子、亀丸、万、棄、清泰院徳川光圀、菊、小良頼元頼隆頼利頼雄頼泰頼以、利津、房時、布里、鈴木重義、犬、千、竹、梅、市、松、那阿
正室:万姫
側室:お六ほか
徳川綱方、糸姫、徳川綱條、勝姫、頼剛頼章頼直、竹松、長姫、彦姫、万姫、市姫、頼芳
養子頼常犬姫多阿姫
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最後の征夷大将軍徳川慶喜は子孫にあたる。