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日本の元女優 ウィキペディアから
鳩山 エミリー(はとやま エミリー、1955年〈昭和30年〉2月11日[1] - )は、東京都出身のエッセイスト、元女優。旧名は
夫は自由民主党の衆議院議員である鳩山邦夫元総務大臣。次男の鳩山二郎も自由民主党の衆議院議員である。長女は歌手・イラストレーターの高見華子(高実華子)[1]。
母・高見貞子は広島県呉市出身で[2]、旧制呉精華女学校を卒業後、戦時中は女子挺身隊として呉海軍工廠で働いた[2]。戦後、GHQが当地を占領し、通訳をしていた弟からイギリス系オーストラリア人、ジェームス・K・ベアードを紹介された[2][3]。ベアードは呉で酒保(kantine)のマネージャーをしていた[2]。交際には両方の親から猛反対されたため、戦後一年たった1946年に二人は上京し、東京恵比寿で所帯を持った[2]。ベアードは戦後、米軍基地のPX(post exchange)に品物を納める商社の日本駐在員として働いた[2]。
東京で生まれたのが理沙とエミリーの姉妹で[2]、姉は東映に所属し、同じく1960年代半ばより映画やコマーシャルなどに高見リサ(マージョリー・ベアード)として活動した[1]。
エミリーは母方の旧姓をとって高見エミリー、または英名のエミリー・ジェーン・ベアードの名で、1960年代半ばより少女漫画誌「少女フレンド」(講談社)の表紙モデルを務めた[3]。アメリカンスクール在学中の1968年10月から1969年1月までTBS系で放送されたテレビドラマ『台風娘がやって来た』のオーディションで選ばれ初主演するなど[4]、1970年代初めまで女優として活動する。1972年には『青い森の日曜日』で歌手デビュー[3][1]。
実姉と鳩山邦夫の従兄弟との結婚式で鳩山から見初められ、14歳のときにプロポーズされる[5]。17歳で婚約し[6]、結婚後に芸能界を引退した[3][1]。
リカちゃん人形の香山リカがフランス人と日本人のハーフという設定は、発売当時にハーフの少女タレントの高見エミリーが人気だったことによる[7]。宣伝でも高見エミリーを使う予定があり、社内ではまだ名前が未定だったリカちゃん人形をエミリーと呼んでいたという[8]。
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