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アレクシス・ゴメス
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アレクシス・デヘスース・ゴメス(Alexis DeJesus Gómez, 1978年8月8日 - )は、ドミニカ共和国ローマ・デ・カブレラ出身の元プロ野球選手(外野手)。
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経歴
ロイヤルズ時代
1997年2月21日、アマチュアFAでカンザスシティ・ロイヤルズと契約。
2002年6月16日、メジャーデビュー。この年は5試合に出場し、10打数2安打だった。
2004年、デビッド・デヘスースの代わりに2年ぶりに昇格。シーズンオフにDFAとなった。
タイガース時代
2004年10月1日にウェーバーでデトロイト・タイガースへ移籍。
2005年は主にAAA級トレド・マッドヘンズで過ごす。マイナーでは打率.307を記録するなど好調を維持し、メジャーに昇格するも9試合の出場で打率.188に終わった。
2006年は開幕直後にメジャー昇格するも、1か月でマイナーへ降格。6月6日に再昇格し、7月29日までプレーするも、その後DFAとなった。しかし、この年のチャンピオンシップシリーズの出場選手登録され、第2戦目でスタメン出場する。ゴメスはこの期待に応え、2ランホームランを放つなど4打数2安打4打点の活躍をする。12月12日にFAとなった。
マイナー・メキシカンリーグ時代
2007年2月8日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ。10月1日にFAとなった。
2008年1月4日にフロリダ・マーリンズとマイナー契約を結んだ[1]。11月3日にFAとなった。
2009年1月6日、古巣・タイガースとマイナー契約を結んだ[2]。
2010年からはメキシカンリーグ・ラグナ・カウボーイズでプレー。シーズン中にメキシコシティ・レッドデビルズへトレードされた。11月、ゴメスが運転するSUVのコントロールを失い、歩行者と接触し、死亡させてしまう交通事故を起こした[3]。また、同年の中央アメリカ・カリブ海競技大会野球競技のドミニカ共和国代表に選出された。
中日時代
2013年12月12日に同年限りで退団したマット・クラークに変わる長距離砲の助っ人として中日ドラゴンズと契約したことが発表された。ヘッドコーチの森繁和は「パワーならブランコ(トニ・ブランコ)以上」と太鼓判を推しており、期待された。しかし、シーズンに入ると、不調や外国人枠の関係を理由に僅か12試合の出場で僅か1安打に終わり、ブランコやクラークにはるかに及ばず、9月2日に球団から契約を解除し、ウェイバー公示されたことが発表された[4]。
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人物
詳細情報
年度別打撃成績
年度別守備成績
背番号
- 9 (2002年)
- 43 (2004年 - 2005年)
- 45 (2006年)
- 44 (2014年)
脚注
関連項目
外部リンク
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