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トム・ハンクス
アメリカの俳優、映画監督、映画・テレビプロデューサー ウィキペディアから
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トーマス・ジェフリー・“トム”・ハンクス(Thomas Jeffrey "Tom" Hanks, 1956年7月9日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の俳優、映画監督、映画・テレビプロデューサー。
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来歴
要約
視点

全米長寿バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』や、『スプラッシュ』『メイフィールドの怪人たち』『ビッグ』といった軽妙なコメディ映画を得意とする若手コメディアンとして活躍していた。
カリフォルニア州コンコード生まれ。父親は料理人[2]、母親は病院職員[3]。両親は1960年代に離婚し、トムは兄ラリー(現在は昆虫学者[4])と姉サンドラ(現在は著述家[5])と共に父親の元で育つ。末弟ジムは母親の元で育った[6]。
カリフォルニア州ヘイワードのChabot Collegeで演劇を学んだ後、カリフォルニア州立大学サクラメント校に編入。
1979年にニューヨークに移り、翌年『血ぬられた花嫁』で映画デビュー[2]。
1993年にエイズを取り扱ったシリアスなドラマ『フィラデルフィア』、そして1994年に『フォレスト・ガンプ 一期一会』で2年連続、アカデミー主演男優賞を受賞、ライトコメディ俳優から一躍オスカー常連の名優へと成長し、以降は数々の話題作・大作に立て続けに主演を重ねていった。
1996年には、監督作『すべてをあなたに』を発表、映画監督としても高い評価を得た。この映画では当時無名だったシャーリーズ・セロンを発掘し、後にセロンからも恩人として名前を挙げられている。自身の本分は役者であるとの意向から、以後は長らく監督業を手がけていなかったが、2011年の『幸せの教室』にて15年ぶりにメガホンをとった(ただし、ドラマ『バンド・オブ・ブラザース』では第5話『岐路(Crossroads)』のみ監督を担当している)。
2001年公開した第二次世界大戦が舞台の戦争ドラマ『バンド・オブ・ブラザース』ではスティーヴン・スピルバーグと共に製作指揮を行い、息子のコリン・ハンクスも出演していることで話題になった。
2014年、初の短編小説が米文芸誌『ニューヨーカー』の10月27日号に掲載。タイトルは『アラン・ビーン、ほか四名』[7]。同12月、母国の栄誉である『ケネディ・センター名誉賞』を受賞[8]。
2016年、母国の最高位勲章『大統領自由勲章』を受章[9]。
2020年、セシル・B・デミル賞を受賞。
日本への訪問
映画のプロモーションでは数回だけ日本を訪問しており、『ポーラー・エクスプレス』、『ターミナル』、『ダ・ヴィンチ・コード』、『ハドソン川の奇跡』などのプロモーションで、それぞれジャン・レノやロバート・ゼメキス監督らと共に日本を訪問している。また、自身が監督も務めた『すべてをあなたに』の日本訪問の際には、出演者らと共に日本テレビ系の歌番組『THE夜もヒッパレ』にゲスト出演。ハンクスはその際に歌(「I Want To Hold Your Hand」)も披露した。2009年5月に『天使と悪魔』のプロモーションのために、プロデューサーのブライアン・グレイザー、監督のロン・ハワード、共演のアイェレット・ゾラーらと6度目[10]の日本訪問をした際には、東京ドームで行われた巨人対中日戦の始球式に登場し、原辰徳監督との対面も果たした。2013年の『キャプテン・フィリップス』のプロモーションでは第26回東京国際映画祭のオープニングセレモニーに参加し、安倍晋三首相と握手を交わした[11][12]。
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私生活
サマンサ・ルイスとの間に1977年11月、現在俳優として活躍するコリン・ハンクス誕生。翌年、サマンサと結婚[13]。1982年、長女エリザベス誕生[14][15]。1987年、離婚。1988年、リタ・ウィルソンと再婚。一時期ラッパーとして活動したチェスター・ハンクスを含む2人の子供をもうける[16]。(チェスターはインディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国に学生役の端役としても出演している。)
エイブラハム・リンカーンと遠縁である(リンカーンの母親ナンシー・ハンクスの曾祖父の兄弟がトム・ハンクスの先祖、8代前)[17]。
民主党を支持しており、2008年の大統領選の際にはバラク・オバマを支持した[18]。
『幸せの教室』で共演しているジュリア・ロバーツとは長年の友人で、家族ぐるみの付き合いだという[19]。
2013年にトーク番組「デヴィッド・レターマン・ショウ」で2型糖尿病と診断されたことを公表。『プリティ・リーグ』、『フィラデルフィア』、『キャスト・アウェイ』などで体重の増減量を行うことが多かったことが一因であるという[20]。
2020年3月11日、新作映画の撮影のためにオーストラリア滞在中、妻のリタ・ウィルソンと共に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹り、隔離観察の対象となったことを明かした[21]。ハリウッド俳優として、同感染症を公表したのはハンクスが初めてだった[22]。同月29日、症状が回復し、妻のリタ・ウィルソンと共に自宅のあるアメリカに帰国した[23]。
趣味でタイプライターの収集を行っており、コロナウィルスの罹患で隔離中にはスミス・コロナのタイプライターを持参している[24]。
経済面
2001年4月、1974年に卒業した母校である高校の古くなった劇場を復旧させるため、約1500万円を寄付した。この劇場は彼が俳優になる下地を作った思い出深い場所で、寄付の見返りとしてこの講堂に当時ハンクスが所属した演劇部の顧問だったラウリー・ファンズワースにちなんで名前をつけるよう頼んでいる[25]。
2010年2月、『ヴァニティ・フェア』誌が「2009年に最も稼いだハリウッドの稼ぎ手」のランキングを発表し、3,600万ドル(日本円で約32億4,000万円)を稼いで8位にランクインした。この金額は映画のギャラだけでなく、商品のロイヤリティ収入なども含んでいる[26]。
2011年8月、経済誌『フォーブス』が2010年の5月1日から2011年5月1日の1年間で「最も稼いだハリウッド俳優」のランキングを発表し、推定3,500万ドル(日本円で約28億円)を稼いで5位にランクインした[27][28]。
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出版
- 『変わったタイプ』、小川高義訳、新潮社〈新潮クレスト・ブックス〉、2018年。ハンクス自身の著作(短編小説集)
評伝
- ロイ・トラキン『トム・ハンクス スターダムへの軌跡』、大橋雅子訳、近代文芸社、1996年
フィルモグラフィ
映画
テレビ
その他
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受賞
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日本語吹き替え
専属声優(フィックス)
- 江原正士
- 『フォレスト・ガンプ/一期一会』(ソフト版)で初担当。当初は後述する山寺宏一をはじめ、作品ごとに異なる声優が吹き替えを務めていたが、今作で江原が起用されたことがきっかけで、以降は大半の作品でハンクスの声を担当し、フィックス(専属)と評されるほどに定着している[29][30]。
- 江原自身、数多くの俳優の吹替を担当しているが、「過去に演じてきた俳優で最も自然に入り込みやすかった」と語っている[31]。また、江原によるハンクスの吹替は洋画ファンからの高い支持を得ており「トム・ハンクスのコミカルな演技からシリアスな演技まで、どんなトムでも演じ分けている」「トム・ハンクスと言えば江原正士の声が思い浮かぶ」と言った声も多く[32]、『ハドソン川の奇跡』では、公開時に作られた映像ソフト用の吹替版では他の声優がハンクスを演じたが、「トム・ハンクスである以上は、どうしてもいつもの江原さんの声でも聞いてみたい」とのファンの声が続出し、ザ・シネマでは江原がハンクスを吹替た新録版が製作されることもあった[33][34][35]
- 江原によるハンクスの吹き替えはアメリカ本国でもそのシンクロ率を高く評価されており、一例としては『インフェルノ』が劇場公開用に吹替が制作された際、現地のミキサーから「トム・ハンクス本人が日本語で喋っているかのよう」と言われたといい、江原自身も吹き替えの仕事をする上で特に嬉しかったエピソードとしてこの出来事を挙げている[31](詳細は江原のページを参照)。
その他の担当声優
- 山寺宏一
- 『ターナー&フーチ/すてきな相棒』(TBS版)で初担当。江原に先駆けてハンクスを多く担当していたが、後に江原が吹き替えた作品を観てからは「トム・ハンクスが喋っているようにしか聞こえないほどのハマり役」と評しており、敬意を表している[36]。『グリーンマイル』(フジテレビ版)ではダグ・ハッチソンの声を務め、江原演ずるハンクスと共演した。ハンクスの代表作の一つである『フォレスト・ガンプ/一期一会』を日本テレビの「金曜ロードショー」放映時に山寺が吹き替えた際には、その再現度の高さから「演技が真に迫りすぎている」としてテレビ局に苦情が寄せられたエピソードがある[37]。
- また、お蔵入りになった『トイ・ストーリー』の初回収録版ではウッディの声を吹き替えていた[38][39]。
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脚注
関連項目
外部リンク
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