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上之郷駅
三重県志摩市にある近畿日本鉄道の駅 ウィキペディアから
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上之郷駅(かみのごうえき)は、三重県志摩市磯部町上之郷にある、近畿日本鉄道(近鉄)志摩線の駅である[1]。駅番号はM87。
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歴史
- 1929年(昭和4年)7月23日:志摩電気鉄道の鳥羽 - 真珠港(現在は廃止)間開通時に志摩磯部駅(初代)として開業[2]。
- 1935年(昭和10年)頃:駅舎を建設[1]。
- 1944年(昭和19年)2月11日:志摩電気鉄道ほか6社合併により、三重交通志摩線の駅となる[2][3]。
- 1950年(昭和25年)9月:行き違い設備設置。
- 1953年(昭和28年)6月:急行の運行を開始、当駅に停車する[4]。
- 1960年(昭和35年)10月:当時の運行本数は上りが普通22本・急行9本の計31本、下りが普通23本・急行8本の計31本、始発が5時59分、終電が22時12分[4]。
- 1964年(昭和39年)2月1日:三重交通の鉄道事業の分離譲渡により三重電気鉄道の駅となる[2]。
- 1965年(昭和40年)4月1日:会社合併により近畿日本鉄道の駅となる[2]。
- 1969年(昭和44年)12月10日:改良工事のため営業休止、バス代行を実施[2]。
- 1970年(昭和45年)3月1日:標準軌化工事が完了[2]、上之郷駅に改称して営業再開[5]。行き違い設備廃止。同時に無人駅となった。
- 1975年(昭和50年)12月:行き違い設備再設置。
- 1993年(平成5年)4月28日:五知 - 上之郷間複線化[6]。
- 2015年(平成27年)6月24日:PiTaPa導入[7]。
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駅構造
島式ホーム1面2線を持つ地上駅。鳥羽方複線、賢島方単線の行違い可能駅である。ホーム有効長は2両。駅舎(改札口)は設けられておらず、賢島寄りの踏切から直接ホームに入る形になっている。志摩磯部駅を名乗っていた頃にはこげ茶色の三角屋根が特徴的な駅舎があり、旧磯部村の象徴的な建築であった[1]。
狭軌時代は2面2線の駅であったが、改軌後しばらくは1面1線となり、1975年に1面2線となった。
鳥羽駅管理の無人駅。ワンマン運転の普通列車ではドアカットによる降車時集札が実施され、乗車位置も1ヶ所に限定されていたが、交通系ICカードの導入により現在はすべてのドアが開く。 自動券売機や自動改札機は導入されておらず、乗車駅証明書発行機が設置されており、PiTaPa・ICOCAは専用の簡易改札機による対応となっている。1960年(昭和35年)には7人の駅員が配置されていた[4]。
のりば
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利用状況
要約
視点
開業当時は地域の中心駅で利用者が多かったが、バス発着場が迫間駅の近くに移ってからは徐々に乗降客を迫間駅に奪われ、1970年(昭和45年)には志摩磯部駅の名を迫間駅に譲り、上之郷駅に改称した[1]。2000年代後半の1日の乗降人員は100人前後であった[1]。鳥羽市・伊勢市方面の高等学校へ通学する生徒の利用が中心であり、朝夕は賑わうが日中は静かである[1]。「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである[8]。
上之郷駅の利用状況の変遷を下表に示す。
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である[9]。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する[10]。
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
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駅周辺
志摩磯部駅を名乗っていた頃は、南勢町(現・南伊勢町)五ヶ所浦方面行きの路線バスが発着しており(一部の便は南島町〔現・南伊勢町〕神前まで延長運行)[4]、駅前は乗り換え客向けにうどんやかき氷を売る店があり賑わっていた[1]。
隣の駅
脚注
参考文献
関連項目
外部リンク
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