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倉田邦房
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倉田 邦房(くらた くにふさ、1960年8月3日 - )は、愛知県安城市[1]出身の元プロ野球選手(投手)。
来歴・人物
岡崎工業高では、エースとして1978年夏の県大会準決勝に進むが、栗岡英智のいた中京高に敗退。
高校卒業後は、社会人野球の大昭和製紙に入社。1981年の都市対抗野球に出場。2回戦では先発するが日本通運に敗れる[2]。チームメートに上川誠二がいた。
1981年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから3位指名を受け入団[1]。チームメイトの上川もドラフト外で中日に入団した。
1984年には主に中継ぎとして24試合に起用され、8月には初先発も果たす[1]。しかし、その後は登板機会に恵まれずに1986年限りで現役を引退[1]。
引退後は佐川急便軟式野球部監督を2000年から2005年まで6年間にわたって務め、現在は中日OB北村俊介主宰のKS野球塾スタッフ。
詳細情報
年度別投手成績
記録
背番号
- 47 (1982年 - 1986年)
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脚注
関連項目
外部リンク
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