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實好礼忠
日本のサッカー選手、監督 ウィキペディアから
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實好 礼忠(さねよし のりただ、1972年10月19日 - )は、愛媛県南宇和郡愛南町出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー
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来歴
要約
視点
選手として
南宇和高校2年次に、第68回全国高等学校サッカー選手権大会で優勝。高校卒業後は立命館大学に入学。1993年にユニバーシアード日本代表に選出された。
大学卒業後、ガンバ大阪に加入(同期入団に宮本恒靖、森下仁志、中口雅史、高木健旨、松山明男)。入団1年目から安定したプレーを武器にレギュラーポジションを獲得。1997年からの2年間はゲームキャプテンを任され、1998年にはリーグ戦フルタイム出場も記録している。
順調にキャリアを重ねて、左サイドバックのポジションでレギュラーを獲得していた2000年6月、練習中に右足アキレス腱を断裂し[2] 選手生命の危機に瀕する(この欠場で出番を得たのが新井場徹である)。
2005年シーズン、4月16日の横浜F・マリノス戦にて213試合目にしてJリーグ初ゴールを記録。これは同年に桑原裕義によって更新されるまでフィールドプレーヤーとしては最も遅い初ゴールだった[3][4]。同年にはリーグ戦24試合に出場し、チームのリーグ初優勝に貢献する。リーグ優勝直前の11月末にクラブから同シーズン限りでの契約満了を通達されていたが、3週間後に再契約を打診される[5]。これは監督の西野朗の強い要望と、翌シーズンのACLへの参戦によるG大阪の試合数増加を考慮してのものだった。
指導者として
引退後の翌年、2008年はG大阪のユースチームのコーチに就任。2009年シーズンよりG大阪のトップチームのコーチを務める。2011年度にS級ライセンスを取得。2012年3月26日、セホーン監督らが解任され、松波正信新監督体制下でトップチームのヘッドコーチに昇格した[9]。
2013年シーズン終了後、契約満了に伴いG大阪を退団[10]。同年12月19日、2014シーズンの名古屋グランパスのコーチ就任が発表される[11]。
2016年、G大阪に復帰しこの年新設されたガンバ大阪U-23の監督に就任。2017年よりユースの監督を務めていたが、2018年7月、トップチームの監督に就任する宮本恒靖の後任として再びU-23の監督に就任[12]。
2018年12月、京都サンガF.C.のトップチームのコーチに就任すると発表された[13]。2020年より京都の監督に就任した[14] が、2020年12月9日に契約満了により京都の監督を退任すると発表された[15]。
2021年、愛媛FCのコーチに就任した[1]。同年4月7日、同日辞任した和泉茂徳の後任として愛媛の監督に就任した[16]。シーズン終了まで指揮を執り、12月6日に退任が発表された[17]。
2022年1月25日、大阪学院大学体育会サッカー部の監督就任が発表された[18]。
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所属クラブ
- 1988年 - 1990年 愛媛県立南宇和高等学校
- 1991年 - 1994年 立命館大学
- 1995年 - 2007年 ガンバ大阪
個人成績
その他の国際公式戦
- 2006年
- A3チャンピオンズカップ 2試合0得点
- 出場歴
代表歴
タイトル
クラブ
- ガンバ大阪
- Jリーグ ディビジョン1:1回(2005年)
- ナビスコカップ:1回(2007年)
- ゼロックススーパーカップ:1回(2007年)
指導歴
- 2008年 - 2013年 ガンバ大阪
- 2008年 ユースコーチ
- 2009年 - 2012年3月 コーチ
- 2012年4月 - 2013年 ヘッドコーチ
- 2014年 - 2015年 名古屋グランパス コーチ
- 2016年 - 2018年 ガンバ大阪
- 2016年 アシスタントコーチ兼U-23監督
- 2017年 - 2018年7月 ユース監督
- 2018年7月 - 12月 U-23監督
- 2019年 - 2020年 京都サンガF.C.
- 2019年 コーチ
- 2020年 監督
- 2021年 愛媛FC
- 2021年1月 - 4月 コーチ
- 同年4月 -12月 監督
- 2022年 - 大阪学院大学体育会サッカー部 監督
監督成績
脚註
関連項目
外部リンク
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