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小林成光

日本のサッカー選手 ウィキペディアから

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小林 成光(こばやし まさみつ、1978年4月13日 - )は、栃木県佐野市出身の[5]プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは主にミッドフィールダーで、左右のサイドアタックを担った[6]

概要 小林 成光, 名前 ...
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来歴

小学校2年生の時にサッカーを始める[1][7]1994年佐野日大高校に進学し、在学中3年連続で国体栃木県選抜に選出された。

1997年、高校を卒業し、東京ガスに入社。社員選手として[7]ジャパンフットボールリーグ東京ガスFC(現 FC東京)に入団し、同年リーグ開幕戦にスタメン出場。ガス検診をこなしながらも「凄く我慢して起用してくれた(小林談)」大熊清監督の期待に応えるために必死に戦い[8]、全試合に出場。新人王に輝いた。その後チームと共にJ2J1と舞台を移しながらプレー、2002年からプロ契約を結んだ[7]。同年より監督に就任した原博実は自身の掲げる攻撃的サッカーの担い手として小林を左ウイングに抜擢。開幕戦、小林は前年度優勝の鹿島を相手に2得点2アシストの大活躍で脚光を浴び(翌日の日刊スポーツ紙では、「日韓W杯の秘密兵器」という見出しで一面を飾った[7])、次節の浦和戦でも決勝点を挙げてFC東京の開幕ダッシュの立役者となった。

しかしその直後の2002年4月15日、練習場に向かう為にオートバイを運転中に突風でバランスを崩し転倒。右大腿部骨幹部を骨折[7][9]、長期のリハビリを強いられる。右大腿骨には重い随内釘(ボルト)が埋め込まれ、骨盤からの骨移植も行われた[8]2004年にはシーズン開幕前のキャンプから軽快なプレーを見せ[1]同年3月のナビスコカップ鹿島戦で途中出場、9月の同杯準々決勝G大阪戦では約2年4ヶ月ぶりに公式戦のスターティングメンバーに名を連ねた[6]。シーズン終了後、プレーの質を取り戻すべく、再骨折のリスクを覚悟で髄内釘を除去[10]。これが事故以来4度目の手術だった[7]

2006年、J2サガン鳥栖へ移籍[11][12]。同年9月の神戸戦で4年半ぶりにリーグ戦での90分フル出場を果たした[5][7]

2007年、J2クラブからもオファーを受ける中[5]、地元栃木でJリーグ昇格を目指すJFL・栃木SCへ移籍[13]。サイドでの突破力を発揮して[5] チーム2位の6得点を挙げ[14]、復調を印象付けた。2008年、クラブはリーグ2位に入り翌年からのJリーグ加盟を果たしたが、小林はこの年限りで栃木との契約を満了[15]。予てより栃木でサッカーを終える意思を持っていたため[8]、故郷のクラブのJ2昇格を花道に現役引退を表明した[16]

2009年、古巣のFC東京にて育成部コーチに就任[17][18]。感性と冷静に見る目を併せ持ち、選手個々に考えさせる指導ができる、とクラブ上層部からの評価は高く[8]2010年日本サッカー協会公認B級コーチライセンス取得[19]。また、東京都社会人リーグFCフエンテ東久留米でもプレーし、1部昇格に貢献した。

2017年、栃木の作新学院大学コーチに就任[20]

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所属クラブ

個人成績

さらに見る 国内大会個人成績, 年度 ...

指導歴

  • 2009年 - 2016年 FC東京
    • 2009年 - 2011年 普及部コーチ
    • 2012年 - 2013年 U-15深川コーチ
    • 2014年 - 2015年 U-18コーチ
    • 2016年 アドバンスクラススタッフ / U-12育成担当
  • 2017年 - 作新学院大学サッカー部コーチ
  • 2017年 - union sc 監督
  • 2018年 - 作新学院大学サッカー部監督
  • 2018年 - union sc 総監督
  • 2020年 - J-SPORTSFOOTBALLCLUBU-15監督

タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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