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放浪記 (戯曲)
林芙美子原作、菊田一夫作の戯曲 ウィキペディアから
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『放浪記』(ほうろうき)は、1961年10月20日に芸術座で初演された舞台劇。原作は林芙美子『放浪記』。
概要
初演時の脚本・演出は菊田一夫。音楽は古関裕而。主演は森光子。初演の森光子に対して、文化庁より同年度(第16回)の芸術祭賞(演劇部門)が授与された。菊田の死後、1981年から1996年までは三木のり平が菊田の脚本を潤色し、演出も手掛けていた(のり平他界後も、ポスターでは潤色・演出を務めていることになっていた)。
主演の森光子は初演から死去まで変更されなかった。1990年には公演回数1000回を、2009年5月9日(森光子の89歳の誕生日)には『放浪記』上演2000回を達成した。2012年11月10日に森が死去したため、森主演の本作は2009年5月29日の2017回目の公演が最後となった。
森演じる林芙美子が喜びのあまりでんぐり返しをするシーンは有名であり、「森光子といえばでんぐり返し」「放浪記と言えばでんぐり返し」と言われ、劇中最大の見所とされていた。森はかつて「『でんぐり返し』が出来なくなったら私は女優を辞める」と発言していたが、年齢的な問題などから2008年からの公演ではそのシーンはやめ、代わりに万歳三唱をすることになった。
2015年に仲間由紀恵の主演で『放浪記』が舞台で復活した。仲間は初演の主演女優である森とは2005年のNHKドラマ『ハルとナツ 届かなかった手紙』で共演して以来親交があり、2014年5月にはフジテレビドラマ『森光子を生きた女』で森光子役を務め、『放浪記』の上演までの過程を演じている[1]。
なお、1962年に小説と舞台版を原作に、東宝創立30周年記念作品として映画化された。映画の詳細は放浪記#1962年版を参照。
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上演記録
- 1961年 - 1962年(初演)
- 芸術座(1961年10月20日 - 12月8日)、名鉄ホール(1962年1月2日 - 15日)、梅田コマ劇場(2月2日 - 2月25日)の後に芸術座に凱旋(3月1日 - 5月27日)。全296回公演。
- 1971年
- 芸術座(1971年3月2日 - 5月27日)。全120回公演。
- 1983年
- 芸術座(1983年9月2日 - 12月26日)。全159回公演。
- 1989年
- 梅田コマ劇場(1989年4月2日 - 30日)。全40回公演
- 1990年
- 芸術座(1990年9月1日 - 12月27日)。全149回公演。この期間に初演から1000回公演を達成。
- 1994年
- 初の全国ツアー(北海道・東北・西日本、1994年6月2日 - 10月29日)を開催。その後に芸術座(11月3日 - 12月28日)に凱旋。全132回公演。
- 1996年
- 芸術座(1986年9月1日 - 12月28日)。全145回公演。
- 1999年
- 芸術座(1999年9月1日 - 12月28日)。全119回公演。この期間に初演から1500回公演を達成。
- 2002年
- 芸術座(2002年3月3日 - 4月30日)。全60回公演。
- 2003年 - 2004年
- 博多座(2003年8月29日 - 9月25日)、芸術座(11月1日 - 12月28日)、梅田コマ劇場(2004年1月29日 - 2月25日)、中日劇場(3月2日 - 3月29日)。全159回公演。
- 2005年
- 芸術座(2005年3月4日 - 3月27日)、博多座(4月2日 - 4月28日)、富山市芸術文化ホール(5月2日 - 5月4日)。全64回公演。
- 2008年
- シアタークリエ(2008年1月4日 - 3月30日)、富山市芸術文化ホール(4月24日 - 4月27日)、博多座(5月2日 - 5月28日)、フェスティバルホール(10月23日 - 11月4日)、中日劇場(11月9日 - 12月25日)。全137回公演。
- この年の公演からでんぐり返しが万歳三唱に変更となった。
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主なキャスト
上演中止
- 予定されていた場所・日程
- 予定されていたキャスト
- 林芙美子:森光子
- 日夏京子:山本陽子
- 白坂五郎:米倉斉加年
- 悠起:有森也実
- 菊田一夫:斉藤晴彦
- 福地貢:大出俊
- 安岡信雄:原康義
- 伊達晴彦:山路和弘
- 芙美子の母:大塚道子
- 香取恭助:中島久之
脚注
外部リンク
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