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浅野勝人

日本の政治家 ウィキペディアから

浅野勝人
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浅野 勝人(あさの かつひと、1938年昭和13年〉4月19日 - )は、日本政治家

概要 生年月日, 出生地 ...

内閣官房副長官麻生内閣)、外務副大臣第1次安倍内閣)、外務政務次官第2次森内閣)、防衛政務次官(第2次橋本内閣)、参議院懲罰委員長参議院議員(1期)、衆議院議員(3期)などを歴任した[1][3][4][5]

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来歴

愛知県豊橋市出身。愛知県立豊橋東高等学校早稲田大学第一政治経済学部卒業。1961年NHKに入局[要出典]

NHKを退職後、1986年第38回衆議院議員総選挙旧愛知5区(定数3)から保守無所属として出馬したが、次々点で落選。1989年に政策集団自由連合の旗揚げへ参加[6]

1990年2月18日に行われた第39回衆議院議員総選挙で、自民党は現職の村田敬次郎、竹下派の元職の近藤豊、宮沢派の浅野[7]の3人に公認を出し、浅野は得票数2位で初当選した。ところが衆院選にからみ、2月21日、自身の秘書と運動員が買収容疑で逮捕された[8][注 1]

1993年の総選挙で落選。

1996年10月の総選挙に愛知14区から立候補し、2期目の当選を果たす。同年11月、第2次橋本内閣で防衛政務次官に就任。2000年6月の総選挙で3期目の当選。同年7月、第2次森内閣で外務政務次官に就任。党務では、自民党副幹事長、国会対策副委員長などを務めた[要出典]

2003年第43回衆議院議員総選挙で落選。

2004年第20回参議院議員通常選挙に向け、全国初の自民党候補予備選が行われる。愛知県選挙区においては、浅野、大島慶久参議院議員、寺西学県議の長男の寺西睦の3名が公認をめぐって争い、浅野が自民党公認を得た[14]。同年7月、参院選に当選。

2005年8月8日の郵政民営化法案の参議院本会議採決では造反し棄権した[要出典]2006年9月27日から第1次安倍内閣外務副大臣に就任。

2007年8月、党人事局長に就任。2009年5月13日、麻生内閣で内閣官房副長官の鴻池祥肇が辞任したことに伴って、同日付けで後任の内閣官房副長官に就任。同年9月に内閣官房副長官を退任。

2010年1月21日、72歳になっていた浅野は、有権者の「若返りを望む声が大きかった」として、次期参院選への出馬断念を表明。4月、参議院懲罰委員長に就任。7月の第22回参議院議員通常選挙には出馬せず、事実上の引退となった。

引退後は、北京大学特任講師、東北福祉大学特任教授、一般社団法人安保政策研究会理事長などを務めている[15]

2016年春の叙勲で旭日重光章を受章。

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政策

所属していた団体・議員連盟

交友関係

横綱白鵬と交友関係がある。知人を介して交流を始め、ショートメッセージサービスで相談などに応じたという。これらを元に著した「白鵬翔とのショートメール!孤独なひとり旅」は2022年のほんづくり大賞特別賞を受賞した。浅野は2023年1月28日に行われた白鵬の断髪式にも出席し、14番目にまげにはさみを入れた[17]

出演番組

  • きょうの焦点

著書

単著

  • 成熟 : 浅野勝人政経塾セミナー(時評社、2005年)
  • 日中反目の連鎖を断とう : 北京大学講義録(NHK出版、2013年)
  • 融氷の旅 : 日中秘話(青灯社、2015年)
  • 白鵬翔とのショートメール!孤独なひとり旅(時評社、2020年)

共著

  • (杉浦正章)諫める : 亡国の政治に警鐘(早稲田出版、2010年)

脚注

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