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渕通義
農学者、政治家 ウィキペディアから
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渕[1][2] 通義(淵[3][4]、ふち みちよし、1910年(明治43年)11月20日[5] - 1994年(平成6年)2月10日[1])は、昭和期の農学者、政治家。衆議院議員、農学博士[2]。
経歴
宮崎県[1][2]児湯郡都農村(現都農町)で生まれた[6]。1931年(昭和6年)宮崎高等農林学校林学科を卒業した[1][2][6]。
東京帝国大学農学部嘱託、全国木材組合連合会常務理事、日本林業技術協会理事、日本農業経済研究所長、財団法人東京植物科学研究所理事長などを務めた[2]。
1942年(昭和17年)4月の第21回衆議院議員総選挙で宮崎県から東方会所属で出馬(非推薦)して落選[7]。1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙で宮崎県全県区に出馬して落選[3]。1947年(昭和22年)4月の第23回総選挙で宮崎県第1区に日本自由党公認で出馬して落選[4]。1949年(昭和24年)1月、第24回総選挙で民主自由党公認で出馬して当選し[8]、衆議院議員に1期在任した[1][2]。その後、第29回総選挙まで連続5回立候補したがいずれも落選した[9]。さらに、1971年(昭和46年)6月の第9回参議院議員通常選挙で全国区に無所属で出馬して落選した[10]。
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著作
- 『近代戦争と森林』雄生閣、1938年。
- 『北支及蒙疆の経済と林業』日本農林新聞社、1939年。
脚注
参考文献
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