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熊本県道337号熊本菊陽線
日本の熊本県の道路 ウィキペディアから
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熊本県道337号熊本菊陽線(くまもとけんどう337ごう くまもときくようせん)は、熊本県熊本市中央区から菊池郡菊陽町に至る一般県道である。
概要
1994年(平成6年)、国道57号菊陽バイパスの開通により、もとの国道57号であった部分が建設省(現国土交通省)から熊本県に移管され、新たに認定された県道である。そのため、地元民からはよく旧57号線と呼ばれている。九州を横断する主要幹線道路の一区間であり、観光および、都市間産業道路としての役割を果たす[1]。古くは、豊後街道と称され、肥後(熊本県)と豊後(大分県)を結ぶ幹線道路は大津街道とも称された[2]。菊陽バイパス開通以後も、行楽期の日は交通量が多く混雑をきたしていることが知られている[1]。起点の浄行寺交差点 - 子飼交差点の間は交通量が多く、よく渋滞する。また、平日の朝ラッシュ時には5 km以上の渋滞もしばしば発生する他、沿線の熊本大学で大学入学共通テストなどの各種試験・学園祭といったイベントが開催されるときも当県道が混雑し、渋滞が発生する。熊本市北区龍田町 - 菊池郡菊陽町の9.2 km区間は、「菊陽杉並木」の名で往時のスギの並木がそのまま残されているところで、1986年(昭和61年)8月10日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」に選定されている[3]。
路線データ
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路線状況
別名
- 豊後街道(大津街道)
- 熊本市から大分県(豊後国)鶴崎を結ぶ旧街道の呼び名で、当県道はその一部にあたる。豊後街道のうち、菊陽町から大津町にかけての道路は、大津街道ともよばれる。江戸時代には、肥後54万石細川藩の参勤交代にも利用された。幅員が30 - 40 mあり、北半分が鉄道の豊肥本線、南半分は旧国道57号である県道熊本菊陽線が通り、熊本市北区龍田町弓削から菊陽町までの間には、加藤清正が屋久島から取り寄せて植栽されたという伝説もある[注釈 1]11 kmほど続く樹齢300年を超える杉並木が残されている[4][2]。街路樹としての景観が優れていることが評価され、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」(1994年)のひとつに選定されている[4]。1934年(昭和9年)、大津街道杉並木保存会によって、文政元年(1818年)この地に来遊した頼山陽が山陽外史と称し書き記したとされる大津街道の誌が書かれた詩碑が立てられ、菊陽町津久礼の地に残っている[1]。近年の排ガスなどの影響で、1000本余りあるスギのうちの約半数が衰退減少が見られたことが調査で判明し、熊本県の関係機関への呼びかけで1986年(昭和61年)に「大津街道杉並木連絡協議会」が設立され、翌1987年(昭和62年)からスギの補植による並木の保全復元が行われている[1]。
重複区間
- 熊本県道231号託麻北部線(熊本市北区龍田弓削1丁目 - 熊本市北区龍田町弓削・龍田町弓削交差点)
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地理
沿道には、江戸時代の里程木である幹周り約4 mのエノキや、カシワ、スギの老木が茂り、その中に宮本武蔵の墓があった場所が「武蔵塚公園」として整備されている[2]。
通過する自治体
交差する道路
交差する鉄道
沿線にある施設など
脚注
参考文献
関連項目
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