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神戸清雄
日本のサッカー選手、監督 ウィキペディアから
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神戸 清雄(かんべ すがお、1961年8月2日 - )は、静岡県出身のサッカー選手、サッカー指導者。
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来歴
選手時代は本田技研サッカー部(現・Honda FC)でプレー。引退後は本田技研サッカースクールコーチを経て、1991年から2001年までジェフユナイテッド市原(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)で各年代コーチを歴任[1]。2000年と2001年には監督代行も経験した[1]。
2002年からは日本サッカー協会強化スタッフとしてフィリピン、グアムに派遣されて代表監督を務める。
2005年からは名古屋グランパスエイトでユース年代の指導にあたり、2008年からはトップチームのコーチに就任し、シーズン終了後退団。
2009年、日本サッカー協会から北マリアナ諸島へサッカー代表監督として派遣される。
2010年1月1日、J2に降格したジェフ千葉のテクニカルダイレクターに就任。翌2011年、前半戦は首位にも立っていたチームが夏場以降に失速すると、10月21日に監督のドワイト・ローデヴェーヘスが解任されたのを受けて後任となり、初めて「監督」として指揮を執ることになった。しかし、ドワイト体制末期からの得点力不足を解消させることが出来ず(神部が指揮を執ったリーグ戦8試合で4得点)、20チーム中6位[1]に食い下がったもののチームをJ1に導くことはできなかった。
2012年より千葉のテクニカルダイレクターに復帰。
タイでの指導
2013年、タイに渡り、当時ディビジョン1のナコーンラーチャシーマー・マツダFCの監督に就任。滝雅美に続いてタイ・リーグ2人目の日本人監督となる。翌2014年シーズンにリーグ優勝を果たしてタイ・プレミアリーグ昇格を決める[2]。2016年にナコーンラーチャシーマー監督を退任してからはチエンマイFC、ウボンUMTユナイテッド、ノーンブワ・ピッチャヤFC[3]、コーンケン・ユナイテッドFCで指揮を執った[2]。コーンケン・ユナイテッドでは2020-21シーズンのタイ・リーグ2で昇格争いに絡んでいたがシーズン終盤に未勝利が続き解任された[4]。
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所属クラブ
個人成績
1989 FIFAフットサル世界選手権
神戸は1989年に フットサル日本代表としてオランダの1989 FIFAフットサル世界選手権にMFとして出場した[12]。
指導歴
- 1990年 - 1991年:
本田技研 サッカースクールコーチ
- 1991年 - 2001年:
ジェフユナイテッド市原[1]
- 1991年 - 1994年: 育成部コーチ
- 1994年 - 1996年: コーチ
- 1997年 - 1998年: 強化部兼監督
- 1998年 - 2001年: コーチ
- 2000年2月: 監督代行
- 2001年12月: 監督代行
- 2002年 - 2003年:
フィリピン代表 監督
- 2003年 - 2004年:
グアム代表 監督
- 2005年 - 2008年:
名古屋グランパスエイト/名古屋グランパス
- 2005年: U-18 監督
- 2006年 - 2007年: ユースアカデミー総監督
- 2008年: トップチームコーチ
- 2009年:
北マリアナ諸島代表 監督
- 2011年10月 - 12月:
ジェフユナイテッド市原 監督[1]
- 2013年 - 2016年:
ナコーンラーチャシーマー・マツダFC 監督[13]
- 2016年 - 2017年:
チエンマイFC 監督[14]
- 2018年 :
ウボンUMTユナイテッド 監督
- 2019年 :
ノーンブワ・ピッチャヤFC 監督[3]
- 2020年 - 2021年 :
コーンケン・ユナイテッドFC 監督
- 2021年 :
ラヨーンFC 監督
- 2023年 - 2024年 :
スコータイFC 監督
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監督成績
出典
関連項目
外部リンク
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