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1993年の全日本F3選手権

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1993年の全日本F3選手権(1993ねんのぜんにほんF3せんしゅけん)は、1993年平成5年)3月20日 - 21日鈴鹿サーキットで開幕し、同年11月13日 - 14日に鈴鹿サーキットで閉幕した全10戦による1993年シーズンの全日本F3選手権である。

1993年の全日本F3選手権
前年: 1992 翌年: 1994

シリーズチャンピオンはトム・クリステンセンデンマーク)が獲得した。

概要

前年はコーナリング最速マシンを持ちながらシーズン序盤のマシン熟成の遅れでチャンピオンを逃したトムス・トヨタ陣営だったが、ナビコネクションよりトム・クリステンセンを獲得し、フォーミュラ・トヨタからステップアップしてきた高木虎之介と、クリステンセンと入れ替わるかたちでナビコネクションへ移籍したリカルド・リデルにもニューマシン033Fを準備し開幕から必勝態勢で臨んだ。クリステンセンはトムスの期待に応え開幕から3連勝、強敵・リデルが終盤戦を病欠となったためプレッシャーをかける相手もいなくなり、最終的にシーズン5勝を挙げる圧勝で制した[1]

エンジンでは、これまでのトヨタ無限の対決に加え、新たにオペルアストラのエンジンをベースにして開発したC20エンジンで参入を開始。前年チャンピオンのアンソニー・レイド東名スポーツがこのオペルエンジンをダラーラ製シャシーに搭載して徐々に戦闘力を高めると、第5戦仙台ハイランドで初勝利、終盤戦にも連勝と計3勝を挙げ全日本F3参戦初年度にしてランキング3位を獲得した。

シャシー勢力ではヨーロッパではすでに多数派となっていたダラーラ勢シャシーが計4勝を挙げ、日本でもついに戦闘力を発揮し始めた。シーズン前からユーザーの増加は明らかになっており最大勢力となった。レイナード勢も勝利こそなかったが堅調だった一方で、前年失敗作RT36で不評を買った[2]ラルト製シャシーはごく少数派となり、ダラーラと入れ替わるように少数派となった。

このシーズンも前2シーズン同様に外国籍選手が強いシーズンであったが、光貞秀俊が第6戦TIラウンドで待望のF3初勝利を挙げ、ランキング4位と日本人最上位に食い込んだほか、中野信治が2位表彰台3回と安定して結果を残し、ランキング5位に入った[1]

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エントリーリスト

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スケジュールおよび勝者

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※10月24日開催のF1日本GPサポートレース(10周)は全日本選手権に含まれないスペシャルカップとして行われた[4]

シリーズポイントランキング

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脚注

外部リンク

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