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ケープブランコ
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ケープブランコ(Cape Blanco、2007年4月20日 - )は、アイルランドの競走馬。主な勝ち鞍は2010年の愛ダービー、愛チャンピオンステークス、2011年のマンノウォーステークス、アーリントンミリオン、ジョーハーシュターフクラシック。
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競走馬時代
2009年(2歳)
バリードイル調教場のエイダン・オブライエン厩舎で調教を受け、2歳時はアイルランド国内だけで走り、重賞競走2勝を含め3戦全勝。
2010年(3歳)
3歳初戦は、英国のダンテSで、後にエプソムダービーを7馬身差でレコード勝ちするワークフォースを下し、フランスダービーとも言われるジョッケクルブ賞に1番人気で挑むが、ロペデヴェガの10着に大敗。しかし、巻き返しを計ったアイリッシュダービーを制し、「ダービー馬」の称号を手にした。続いて初の古馬との対戦となったキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスではハービンジャーの2着と完敗した。アイリッシュチャンピオンステークスでは同厩舎リップヴァンウィンクルに1番人気の座を譲ったものの、レースではリップヴァンウィンクルに5馬身差の圧勝劇で、G1競走2勝目を挙げた。凱旋門賞では中団のやや後ろを追走するも直線では全く伸びず14位入線13着と惨敗した。
2011年(4歳)
4歳初戦としてドバイワールドカップに出走したが、ヴィクトワールピサの4着に敗れた。続くガネー賞ではプラントゥールの4着、クイーンアンステークスではキャンフォードクリフスの6着と惨敗した。アメリカに遠征し7月9日のマンノウォーステークスに出走、G1競走3勝目を挙げた。続くアーリントンミリオン、ジョーハーシュ・ターフクラシック招待も制した。その後骨折が判明し引退、クールモアがケンタッキー州に所有するアッシュフォードスタッドで種牡馬入りした。
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種牡馬時代
アメリカのほか、シャトル種牡馬としてニュージーランドでも繋養された。2014年10月、日本軽種馬協会によって購買され、2015年シーズンから同協会の静内種馬場で供用すると発表された[1]。2021年からは同協会の七戸種馬場で種牡馬生活を送ることになった。
2023年より同協会の九州種馬場で繋養されている。
主な産駒
グレード制重賞優勝馬
地方重賞優勝馬
競走成績
血統表
ケープブランコの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | サドラーズウェルズ系 |
[§ 2] | ||
父 Galileo 1998 鹿毛 |
父の父 Sadler's Wells1981 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic | |
Natalma | ||||
Fairy Bridge | Bold Reason | |||
Special | ||||
父の母 Urban Sea1989 栗毛 |
Miswaki | Mr. Prospector | ||
Hopespringseternal | ||||
Allegretta | Lombard | |||
Anatevka | ||||
母 Laurel Delight 1990 栗毛 |
Presidium 1982 鹿毛 |
General Assembly | Secretariat | |
Exclusive Dancer | ||||
Doubly Sure | Reliance | |||
Soft Angels | ||||
母の母 Foudroyer1980 栗毛 |
*アーテイアス | Round Table | ||
Stylish Pattern | ||||
Foudre | Petingo | |||
Lighted Lamp | ||||
母系(F-No.) | Chandelier系(FN:1-s) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Native Dancer5×5=6.25% | [§ 4] | ||
出典 |
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参考資料
- “Horse Cape Blanco” (英語). RACING POST.com. 2010年6月28日、2010年7月27日、10月4日閲覧。 エラー: 閲覧日が正しく記入されていません。(説明)
- “Cape Blanco”. Ped Net. 2010年6月28日閲覧。
脚注
外部リンク
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