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ジェイク・エルモア
アメリカの野球選手 (1987 - ) ウィキペディアから
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ジェイコブ・デビッド・エルモア(Jacob David Elmore, 1987年6月15日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州ジェファーソン郡プレザントグローブ出身の元プロ野球選手(ユーティリティプレーヤー)。右投右打。
メジャー昇格後に投手も含めた全ポジションで出場経験がある選手の1人である。
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経歴
要約
視点
プロ入り前
アリゾナ州立大学出身。2007年のMLBドラフト48巡目(全体1401位)でフロリダ・マーリンズから指名されたが、拒否した。
プロ入りとダイヤモンドバックス時代
2008年のMLBドラフト34巡目(全体1038位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名され、6月11日に契約。
2012年8月11日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャーデビューを果たした[1]。デビューイヤーは30試合に出場し、打率.191、7打点という打撃成績を記録した。守備では遊撃を17試合、二塁を5試合守った。
アストロズ時代
2012年11月1日にウェイバー公示を経てヒューストン・アストロズへ移籍した[2]。
2013年8月19日のテキサス・レンジャーズ戦では、捕手のカルロス・コーポランが負傷したため4回から捕手として途中出場し、8回には投手として登板した。同一の試合で投手・捕手として出場したのはメジャーリーグ史上14度目である[3]。同年は内外野の全ポジションも守ったため、投手も含めて1年ですべてのポジションで守りについたシーズンとなった。打撃面では52試合で打率.242をマークし、メジャー初本塁打と初盗塁を記録した。
アスレチックス傘下時代
2013年11月20日にウェイバー公示を経てシカゴ・ホワイトソックスへ移籍した[4]。
2014年2月26日にマイケル・クレトの加入に伴ってDFAとなった[5]。2月27日に金銭トレードで、オークランド・アスレチックスへ移籍した[6]。AAA級サクラメント・リバーキャッツで開幕を迎え、メジャーへ昇格することなく7月31日にDFAとなった[7]。
レッズ時代
2014年8月2日にウェイバー公示を経てシンシナティ・レッズへ移籍した[8]。レッズでは5試合の出場に留まり、打率.182もメジャー3年間で自己ワーストだった。
レイズ時代
2014年11月7日にウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[9]が、2015年1月20日にDFAとなった。
その後、2月9日にタンパベイ・レイズとマイナー契約を結んだ[10]。開幕は傘下のAAA級ダーラム・ブルズで迎えたが、4月22日に昇格[11]。同日のボストン・レッドソックス戦では7回に代打で登場し、エドワード・ムヒカから移籍後初打席で本塁打を放った。最終的には51試合に出場し、内外野のユーティリティとしてプレーした。打撃面では打率.206、2本塁打、自己ベストの16打点を記録した。守備では捕手・中堅手・右翼手以外の全ポジションを守ったほか、投手としてもマウンドに登り、1.0イニング1失点という投球内容だった。11月6日に40人枠から外れる形でAAA級ダーラムへ配属された[12]。
ブルワーズ時代
2015年12月11日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ[13]。
2016年の開幕は傘下のAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスで迎え、6月28日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[14]。10月28日に40人枠から外れる形でAAA級コロラドスプリングスへ配属された後、31日にFAとなった[13]。
ブルージェイズ傘下時代
2017年2月9日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[15]。シーズン開幕後は傘下のAAA級バッファロー・バイソンズでプレーした。
マーリンズ傘下時代
2017年8月14日に金銭トレードで、マイアミ・マーリンズへ移籍した。移籍後は傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスでプレーし、移籍前を含めた3球団合計で110試合に出場して打率.236、1本塁打、41打点、12盗塁を記録した。オフの11月6日にFAとなった[13]。
ホワイトソックス傘下時代
2018年2月8日にホワイトソックスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[13]。傘下のAAA級シャーロット・ナイツでプレーし、101試合に出場して打率.289、1本塁打、29打点、11盗塁を記録した。オフの11月2日にFAとなったが、2019年1月14日にマイナー契約で再契約した[16]。
パイレーツ時代
2019年3月28日に金銭トレードで、パイレーツへ移籍した[17]。開幕は傘下のAAA級インディアナポリス・インディアンスで迎え、5月13日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[18]。5月26日にDFAとなり[19]、29日にマイナー契約でAAA級インディアナポリスへ配属された[13]。9月17日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[20]。レギュラーシーズン終了後の10月25日にマイナー契約でAAA級インディアナポリスへ配属された後、FAとなった。
2020年1月10日にパイレーツとマイナー契約で再契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[21]。6月9日に自由契約となった[13]。
インディアンス傘下時代
2020年7月3日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ[22]。9月3日に自由契約となった[23]。
フィリーズ傘下時代
2021年6月13日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[13]。8月24日に自由契約となった[13]。
現役引退後
2022年から、フィリーズ傘下A-級クリアウォーター・スレッシャーズの打撃コーチに就任した[24]。
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詳細情報
年度別打撃成績
年度別投手成績
背番号
- 14(2012年)
- 10(2013年、2015年)
- 15(2014年)
- 7(2016年)
- 68(2019年)
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脚注
関連項目
外部リンク
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