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八木治郎ショー
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『八木治郎ショー』(やぎじろうショー)は、1970年1月3日[1]から1980年9月27日まで毎日放送を制作局として、NETテレビ(現・テレビ朝日)系列局とTBS系列局で生放送されていたトーク中心のワイドショー。放送時間は毎週土曜日 8:30 - 9:30(JST)[1]。カラー放送[1]。
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概要
当初は1965年4月に『MBSウィークエンドショー』と題してスタート[2]。同年11月に『ウィークエンドショー』となり、1966年4月から1969年12月までは『ウィークエンドモーニングショー』というタイトルで放送された[2]。『小川宏ショー』(フジテレビ系列)の小川宏や『モーニングショー』(NETテレビ→テレビ朝日系列)の木島則夫と同様、NHKからの引き抜きの形で1966年4月の『ウィークエンドモーニングショー』への改編を機に『私の秘密』の司会などを務めていた八木治郎をメイン司会者に迎えた。
NET制作の『モーニングショー』とワンセットで放送されたが、1975年4月から腸捻転解消に伴いTBS系列の放送となり、完全に別番組となった[注 1]。
当初は「教育・社会・政治・経済」をテーマに特集や討論を繰り広げる硬派の番組としてスタート。中でも吉岡たすくの教育コーナーが当番組での人気となった。後にゲストを迎えてのトークバラエティ路線へと徐々に軌道修正した。そして、1980年10月に放送時間が8時からとなり『八木治郎ショー・いい朝8時』にタイトルを変更、完全なトーク番組となった。
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出演者
司会
アシスタント
- 井口真智子
- 高見リサ
レギュラー
ネット局
要約
視点
1975年3月まで
系列は当時の系列。◎は腸捻転解消後もネットを継続した局。○は『おはようワイド・土曜の朝に』(朝日放送)にネットを切り替えた局。△は『モーニングショー』とワンセットで放送していた局。
1975年4月以降
1975年4月以降はTBS系番組となり、TBS系列局(一部を除く)と北日本放送・四国放送・南海放送(日本テレビ系列)でネットを開始した。系列は放送当時の系列。◎は腸捻転解消前から放送している局。○は当該地域で腸捻転解消と同時に放映権が移動した局。
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備考
- 腸捻転解消に伴い、解消後も本番組のネットを継続した新潟・長野・静岡・富山・石川・徳島・愛媛・熊本・大分・宮崎の10県は本番組をもってNETテレビ系列(現・テレビ朝日系列)土曜朝のワイドショーのネットを打ち切った[注 8]。そのため、当該地域ではNET系列朝のワイドショーは『モーニングショー』のみの放送となった[注 9]。同時に日本海テレビと山陰放送による1地域2局同時放送も解消され、腸捻転解消後における鳥取県・島根県における本番組は山陰放送での放送となり、日本海テレビは『おはようワイド・土曜の朝に』(朝日放送)に切り替えた。腸捻転解消後の日本海テレビと山陰放送における1地域2局同時放送を実施するNETテレビ系列のワイドショーは『モーニングショー』と『アフタヌーンショー』の2番組となった。
- 逆に岩手県と山口県では岩手放送とテレビ山口(テレビ山口は当時はフジテレビ系とのクロスネット局)が、腸捻転解消当時『ハイ!土曜日です』(関西テレビ)を放送していたため未放送となったが、岩手放送は1980年4月に『ハイ!土曜日です』を打ち切った上で5年ぶりに岩手県における放送を再開している。長崎放送・南日本放送・琉球放送のTBS系3局と秋田放送・山形放送・福井放送の日本テレビ系列3局でも本番組を打ち切って、腸捻転解消と同時にNETテレビ系列局同様に『おはようワイド・土曜の朝に』(朝日放送)に切り替えた[注 10]。
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脚注
前後番組
関連項目
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