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星野富弘
日本の詩人・画家 (1946 - 2024) ウィキペディアから
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星野 富弘(ほしの とみひろ、1946年〈昭和21年〉4月24日[1][2] - 2024年〈令和6年〉4月28日)は、日本の詩人、画家。国内外で「花の詩画展」が開かれている。群馬県名誉県民、みどり市名誉市民。
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来歴

1946年(昭和21年)、群馬県勢多郡東村(現:みどり市)に生まれる[1][2][3]。東村立杲小学校、東村立東中学校、群馬県立桐生高等学校を経て[4]、1970年(昭和45年)に群馬大学教育学部保健体育科を卒業[1][2][3]。4月から高崎市立倉賀野中学校の体育教師となる[1][2]。しかし同年6月、クラブ活動の指導中の墜落事故で頭部から転落し頸髄を損傷し、手足の自由を失う[1][2]。
1972年(昭和47年)、群馬大学病院入院中に口に筆をくわえて文や絵を書き始める[1][3]。1974年(昭和49年)、病室でキリスト教の洗礼を受ける[1]。入院中の1979年(昭和54年)、前橋で最初の作品展を開く[1][3]。同年9月に退院[1][3]。
1981年(昭和56年)に『愛・深き淵より』を出版[1]。雑誌や新聞に詩画作品やエッセイを連載する[3]。同年結婚[1][3]。また群馬県文化賞、上毛出版文化賞を受賞する[1]。
1982年(昭和57年)、高崎で「花の詩画展」開催[1][2]。「花の詩画展」は国内各都市のほか、ニューヨーク(1994年)、ハワイ(2000年)、サンフランシスコ(2001年)、ロサンゼルス(2001年)をはじめとして海外でも開催された[2][3]。
1991年(平成3年)5月12日、群馬県勢多郡東村に村立富弘美術館が開館[1]。2005年には富弘美術館新館が開館[3]。
2006年(平成18年)5月、熊本県葦北郡芦北町に芦北町立星野富弘美術館が開館[2]。同年6月、群馬県名誉県民となる[2]。
2012年(平成24年)、第79回NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲「明日へ続く道」および「もう一度」を作詞。2021年(令和3年)12月、みどり市立富弘美術館の入館者が700万人を超えた[5]。
2024年(令和6年)4月28日、呼吸不全のため78歳で死去[6]。6月にみどり市名誉市民第1号として顕彰された[3]。
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著作
- 『愛、深き淵より。』(1981年、立風書房、ISBN 4651140068 絶版)
- 『四季抄 風の旅』(1982年、立風書房、ISBN 4651110118)
- 『花の詩画集 鈴の鳴る道』(1986年、偕成社、ISBN 4039632907) - 205万部[7]
- 『かぎりなくやさしい花々』(1986年、偕成社、ISBN 4036341308) - 106万部[7]
- 『銀色のあしあと』(三浦綾子との対談)(1988年、いのちのことば社、ISBN 4264021979)
- 『花の詩画集 速さのちがう時計』(1992年、偕成社、ISBN 403963540X) - 50万部[7]
- 『花の詩画集 あなたの手のひら』(1999年、偕成社、ISBN 4039637607) - 60万部[7]
- 『新版 愛、深き淵より。』(2000年、立風書房、ISBN 4651140165)
- 『花の詩画集 花よりも小さく』(2003年、偕成社、ISBN 403963800X) - 26万部[7]
- 『山の向こうの美術館』(2005年、富弘美術館、ISBN 4039638409) - 6万5000部[7]
- 『たった一度の人生だから』(日野原重明との対談)(2006年、いのちのことば社、ISBN 4264024684)
- 『ことばの雫』(写真=星野昌子)(2008年、いのちのことば社、ISBN 4264026814)
- 『新編 四季抄 風の旅』(2009年、学研パブリッシング、ISBN 4054040853)
- 『詩画集 風の詩-かけがえのない毎日』(舘内端と共著)(2010年、学研パブリッシング、ISBN 4054044662)
- 『花の詩画集 種蒔きもせず』(2010年、偕成社、ISBN 4039639200)
- 『詩画集 ありがとう私のいのち』(2011年、学研パブリッシング、ISBN 405203497X)
- 『いのちより大切なもの』(2012年、いのちのことば社、ISBN 4264030536)
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美術館

- みどり市立富弘美術館
- 1991年(平成3年)、群馬県勢多郡東村(当時)の草木湖のほとりに、星野富弘の作品を展示する村立富弘美術館が開館した。ふるさと創生資金を活用し、使われなくなっていた福祉施設を改築して、美術館にしたものである。
- この頃すでに、全国各地で開催されていた「花の詩画展」やテレビ番組、また教科書に掲載された随筆などによって、星野富弘の名は広く知られていたことから、富弘美術館は開館当初から多くの入場者が訪れ、2002年(平成14年)には入館者が400万人を超えるまでになった。2005年(平成17年)に新富弘美術館建設国際設計競技を経て、旧館の隣に新館の建設に着手、同年4月16日に新しい富弘美術館が開館した。
- 芦北町立星野富弘美術館
- 2006年(平成18年)5月、みどり市立富弘美術館の姉妹館として、熊本県葦北郡芦北町に芦北町立星野富弘美術館が開館した。
脚注
関連項目
外部リンク
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