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マイク・キャメロン

アメリカの野球選手 (1973 - ) ウィキペディアから

マイク・キャメロン
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マイケル・テレンス・キャメロンMichael Terrance Cameron, 1973年1月8日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州ラグレンジ出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

概要 基本情報, 国籍 ...
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経歴

要約
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ホワイトソックス時代

1991年ドラフト18巡目指名でシカゴ・ホワイトソックスに入団。

1995年8月27日にメジャーデビューした。

レッズ時代

1998年11月11日にポール・コネルコとのトレードシンシナティ・レッズに移籍[1]

マリナーズ時代

2000年2月10日にケン・グリフィー・ジュニアとの4対1のトレードでシアトル・マリナーズに移籍。

2001年オールスターに初選出を果たし、25本塁打・110打点の成績で自己ベストを更新。シーズン終了後にはゴールドグラブ賞を初受賞。

2002年はマリナーズの球団記録のシーズン176三振を記録したが、同年5月2日のホワイトソックス戦でメジャー史上13人目の1試合4本塁打を達成している。

2003年、2度目のゴールドグラブ賞を受賞し、外野手として21世紀では最多となる刺殺数485の守備記録を打ちたてている[要出典]

シーズン終了後の10月27日にフリーエージェントを宣言[1]

メッツ時代

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ニューヨーク・メッツ時代
(2004年8月7日)

ニューヨーク・メッツは投手から守備の改善の要望があり、トム・グラビンアル・ライタージョン・フランコらは守備の名手であるキャメロン本人に電話で入団を口説き、12月23日に3年総額1950万ドルの契約で合意。

2004年本塁打こそ自己最多の30本を記録したものの、打率は.231と低かった。

2005年カルロス・ベルトランの加入により、本来の守備位置のセンターからライトコンバート。8月11日の試合中にベルトランと衝突し、故障者リスト入り[2]。そのままシーズンを終えた。

パドレス時代

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サンディエゴ・パドレス時代
(2007年5月10日)

2005年11月18日にゼイビア・ネイディ外野手との交換トレードでサンディエゴ・パドレスへ移籍した。

2006年は、3度目のゴールドグラブ賞を受賞した。

2007年シーズン終了後には球団から3年総額2400万ドルの契約延長を打診されたが拒否[3]

ブルワーズ時代

2008年1月14日にミルウォーキー・ブルワーズと1年700万ドル(2年目は1000万ドルのオプション契約)で合意[4]

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ミルウォーキー・ブルワーズ時代
(2008年7月20日)

2007年10月31日に禁止薬物検査で2回目の陽性反応が出て25試合の出場停止処分が科された[5]。この処分は2008年シーズン開幕から適用され、2008年シーズン初出場は4月29日となった。本塁打数は4年ぶりに25に達し、シーズン終了後球団は2009年のオプションを行使した[6]

レッドソックス時代

2009年のシーズン終了後にボストン・レッドソックスFA移籍した。

2010年は開幕してすぐに脇腹を痛め、48試合にしか出場出来なかった[7]。出場試合数が激減した影響で、打率.259・4本塁打・15打点という成績に留まり、それまで4年連続で記録していた20本塁打以上の記録が途切れた。

2011年は、カール・クロフォードの加入と高齢である事から、J.D.ドリューとプラトーンでの起用になると見られている[7]

マーリンズ時代

2011年7月5日にトレードでフロリダ・マーリンズへ移籍したが、9月13日に解雇された。

引退

2012年ワシントン・ナショナルズと契約。しかし、同年2月19日に現役引退を発表。引退式のため1日だけ古巣マリナーズと契約。4月13日に、セーフコ・フィールドでの開幕戦で始球式を行い、正式に引退。始球式は、マリナーズ時代のチームメイトとして右中間でコンビを組んだイチローが捕手を務めた。

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選手としての特徴

人物

2002年1月1日放送のTBS系『最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦』に出演し、総合4位の成績を収めた。

息子のダズ・キャメロンデトロイト・タイガースでプレーし、現在はボルチモア・オリオールズの傘下に所属している。

詳細情報

年度別打撃成績

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  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

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背番号

  • 24(1995年 - 1998年、2011年途中 - 同年終了)
  • 44(1999年 - 2005年)
  • 25(2006年 - 2009年)
  • 23(2010年 - 2011年途中)

表彰

  • ゴールドグラブ賞 3回:2001年、2003年、2006年
  • ア・リーグ週間MVP 2回:2001年8月19日、2002年5月5日

記録

  • オールスター選出 1回:2001年
  • 1試合4本塁打:2002年5月2日シカゴ・ホワイトソックス戦 ※MLBタイ記録
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脚注

関連項目

外部リンク

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