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梅山修
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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梅山 修(うめやま おさむ、1973年8月16日 - )は、埼玉県岩槻市(現在のさいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。政治家、元新潟市議会議員。
選手としてのポジションはディフェンダー(主に右サイドバック[5])、ミッドフィールダー(主にウイングバック)。リーフラス株式会社所属。
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来歴
サッカー選手として
1992年に浦和学院高校を卒業し、ジャパンフットボールリーグ(JFL)に所属するNKKに入部。社員選手として社業とサッカーを併行してこなした[6]。しかし、同部は1993年をもって廃部となったため、1994年より同じくJFLの藤枝ブルックス(現:アビスパ福岡)に移籍し、プロ契約を結んだ[6]。1995年にはベストイレブンに入る活躍で[5]リーグ優勝を達成し、Jリーグへの昇格を果たした。
1998年、NKK在籍時に指導を受けた倉又寿雄の口利きで[7]、倉又がヘッドコーチを務めるJFL・東京ガスフットボールクラブ(後のFC東京)に移籍。豊富な運動量とスピードに乗った攻撃参加で[5]右SBのレギュラーとして定着し、J1昇格に貢献した。しかし、2000年から、J1での戦いに向けて内藤就行が加入したことによって梅山は控えに追いやられ[8]、2001年限りで退団。
2002年よりJ2・湘南ベルマーレへ移籍した[9]。湘南ではキャプテンも任され[10][1]J1昇格を目指したが叶わず、2004年からアルビレックス新潟へ移籍[11]。2006年シーズンを最後に現役を引退。公式戦での得点は無く、Jリーグにおいて無得点である選手の中では最多の出場試合数を記録した。
2008年度より、アマチュア選手としてASジャミネイロに所属し、なおもプレーを続けた。2014年、A級ジェネラルコーチライセンス取得[12]。
2017年10月、新潟のサッカースクールコーチを退任して、翌2018年から北海道十勝スカイアースの監督に就任すると発表された[13]。
2019年、アルティスタ浅間のヘッドコーチに就任[14]。2020年より、アルティスタ浅間のクラブアドバイザーに就任した。
2022年1月25日、アルティスタ浅間の監督就任が発表された[15]。
政治家として
2007年4月、新潟市議会議員選挙(西区)に無所属で出馬し、当選[16]。2011年再選[17]したが、2015年の第18回統一地方選挙で落選した[18]。教育改革や地域スポーツ振興に力を入れた[1]。
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所属クラブ
個人成績
指導歴
- 2007年 - 2017年 アルビレックス新潟 スクールコーチ
- 2008年 - 2017年 ASジャミネイロ コーチ (選手兼任)
- 2018年 北海道十勝スカイアース 監督
- 2019年 - 2023年 アルティスタ浅間
- 2019年 コーチ
- 2020年 - 2021年 クラブアドバイザー
- 2022年 - 2023年 監督
- 2024年 - アルビレックス新潟 アカデミーダイレクター
解説者
脚注
関連項目
外部リンク
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