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鎌田次郎
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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鎌田 次郎(かまた じろう、1985年7月28日 - )は、東京都大田区出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。
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来歴
プロ入り前
FC東京の下部組織出身。ユースでのチームメイトの攻撃陣・李忠成や梶山陽平らがトップチームに昇格したのに対して、DFは市立船橋高校から増嶋竜也の獲得が決まったこともあり、昇格が叶わなかった。そこでJFLにも参戦している流通経済大学へ進学し、同大学サッカー部で頭角を現した。同部では主将を務め、関東大学リーグ及び総理大臣杯優勝の原動力となった[1]。
大学3年の2006年には、当時J2にて1年でのJ1復帰を目指していた柏レイソルに特別指定選手として参加(流通経済大学のある茨城県龍ケ崎市と柏市は比較的近い)[6]。登録発表直後の第15節鳥栖戦で早速出場機会を得ると、当時台所事情の苦しかったチームにおいて第48節神戸戦まで15試合に出場し[1]、主力離脱の穴を埋めた。
柏レイソル
2008年に大学を卒業し、柏と正式に契約[7]。ボランチとセンターバックをこなすユーティリティぶりを発揮し、またも主力の抜けた穴を埋める活躍をした。守備的ポジションながらリーグ・カップ戦共にゴールを決めており、同年代のセンターバックの小林祐三や石川直樹、ボランチの大谷秀和らと共に将来の柏の守備を担う人材として、期待を集めた。2009年をもって契約満了[8]。
ベガルタ仙台
2010年よりベガルタ仙台へ完全移籍[9][10]。センターバックのレギュラーを確保し、J1リーグ戦27試合に出場した。2011年6月、高校から交際していた同級生の一般女性と入籍。同年は東日本大震災後の川崎戦での逆転ゴールや年間通しての堅守を評価され、クラブの年間MVPおよびJリーグの優秀選手賞に選出された。2012年も31試合に出場、失点数は前年に比べ増えたものの、チームの2位に貢献し、2年連続でJリーグ優秀選手賞に選出された。2013年はチームに負傷者が相次いだため、センターバックとボランチで併用された。強烈なキャプテンシーと粘り強い守備で[2] 2014年はリーグ戦におけるチーム最多のボール奪取数を記録[11]。2015年も堅実な守備で[12] 重宝され、同年末に契約が切れる際には[13]強い慰留を受けた[14]。
柏レイソル復帰
2016年、数年来のオファーに応え[13]、柏へ完全移籍[15][16]。7季ぶりの古巣復帰となった。自身をプロへスカウトした下平隆宏監督の下、同年序盤には右サイドバックでも起用され、鋭い読みと対人の強さで新境地を開拓した[3]。
SC相模原
2022年より、SC相模原へ完全移籍[18]。
2022年11月7日、SC相模原は契約期間の満了と契約を更新しないことを発表[19]。
2023年1月21日に現役引退を発表[20]。
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所属クラブ
個人成績
- 2006年は特別指定選手として出場
代表・選抜歴
タイトル
クラブ
- 柏レイソル
個人
脚注
関連項目
外部リンク
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