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アルフレッド・アメザガ
メキシコのプロ野球選手 (1978-) ウィキペディアから
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アルフレッド・アメザガ・デルガド(Alfredo Amézaga Delgado , 1978年1月16日 - )は、メキシコ合衆国ソノラ州出身の元プロ野球選手(ユーティリティー)、野球指導者。右投両打。
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経歴
要約
視点
プロ入り前
1997年のMLBドラフトでコロラド・ロッキーズから36巡目(全体1092位)で指名されたが、入団しなかった[1]。
1998年のMLBドラフトで再びコロラド・ロッキーズから44巡目(全体1314位)で指名されたが、またも入団しなかった[2]。
プロ入りと現役時代
1999年のMLBドラフトでアナハイム・エンゼルスから13巡目(全体401位)で指名され、3度目の指名でプロ入りした[3]。ちなみに、直後の全体402位でアルバート・プホルスがセントルイス・カージナルスから指名され入団している[3]。
2002年5月24日にメジャーデビュー。この年は、12試合の出場、13打席ではあったが打率.538をマークし、5試合で遊撃手を守り無失策だった。
2004年12月17日、ウェイバー公示を経てコロラド・ロッキーズに移籍。
2005年4月20日、ウェイバー公示を経てピッツバーグ・パイレーツに移籍。同年11月22日に、フロリダ・マーリンズと契約。
2008年1月18日に、マーリンズと1年契約を結ぶ。
2009年はワールド・ベースボール・クラシックメキシコ代表に選出される。レギュラーシーズンでは7月に左ひざの手術を受け、27試合の出場にとどまり、オフの12月12日にFAとなった[4]。
2010年2月2日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだが[4]、傘下のAA級チャタヌーガ・ルックアウツで1試合出場したのみで故障者リスト入りし、オフの11月6日にFAとなった[4]。
2011年1月26日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結ぶ[4]。4月29日にメジャーに昇格したが、5月29日にDFAとなりAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ降格[4]。8月6日にヘスス・メルチャンとのトレードでフロリダ・マーリンズに復帰したが[4]、9月8日に自由契約となった[4]。
2012年1月13日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ[4]。この年はメジャーへの昇格はなく、オフの11月2日にFAとなった[4]。
2013年1月5日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだが、6月2日に自由契約となった[4]。
2013年6月5日にメキシカンリーグのキンタナロー・タイガースに入団した[4]。
2017年開幕直後の4月5日に同リーグのティフアナ・ブルズに移籍[4]。
2018年もティフアナと契約したが、公式戦の出場はなく、この年限りで現役を引退した。
現役引退後
2019年より、アトランタ・ブレーブス傘下AA級ミシシッピ・ブレーブスのコーチに就任した[5]。
2022年はデトロイト・タイガース傘下AAA級トレド・マッドヘンズの一塁コーチを務めていたが、シーズン終盤の9月にタイガースの一塁コーチであるゲイリー・ジョーンズが足首の怪我のためベンチコーチに配置転換されることになったため、その後任として一塁コーチに就任した[5][6]。
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選手としての特徴
投手と捕手以外のポジションをこなせるユーティリティープレイヤー。本職は内野手だが、外野手での起用も多い。
2000年には、マイナーで73盗塁を決めている。
詳細情報
年度別打撃成績
年度別守備成績
記録
- MiLB
- オールスター・フューチャーズゲーム選出 1回:2001年
背番号
- 5(2002年 - 2004年)
- 15(2005年 - 同年途中)
- 6(2005年途中 - 同年終了)
- 4(2006年 - 2009年)
- 99(2011年 - 同年途中)
- 6(2011年途中 - 同年終了)
代表歴
脚注
関連項目
外部リンク
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