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高倉麻子

日本のサッカー選手、監督 ウィキペディアから

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高倉 麻子(たかくら あさこ、1968年4月19日 - )は、福島県福島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。中国女子スーパーリーグ中国語版上海盛麗足球倶楽部中国語版監督。元サッカー日本女子代表監督[4]。選手時代のポジションはミッドフィールダー。夫はサッカー指導者の竹本一彦

概要 高倉 麻子, 名前 ...
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来歴

要約
視点

選手時代

福島市立岡山小学校時代、福島市の岡山スポーツ少年団に入団しサッカーを始める[5]

福島市立福島第三中学校の頃、東京都リーグのFCジンナンに入部[6]

1983年、15歳の時にサッカー日本女子代表に初選出され[7]、1984年、16歳の時にイタリア戦で代表デビューを果たした[8]

中学卒業後、福島成蹊女子高(現福島成蹊高等学校)に入学したが女子サッカー部がなかったため、サッカーの練習は男子生徒が多くを占める福島県立福島工業高等学校で練習し、週末は三菱養和クラブに通った[6]和光大学に入学するまでは週末に東京へ通う生活を送る。

1985年、読売日本サッカークラブ・ベレーザ(現日テレ・ベレーザ)に入団[6]1989年第1回日本女子サッカーリーグ(現なでしこリーグ)でリーグ初得点を上げた。

1991年、中国で開催された第1回FIFA女子世界選手権(後の FIFA女子ワールドカップ)に出場した[9]

1995年、第2回FIFA女子ワールドカップ スウェーデン大会に出場し、ベスト8まで勝ち進んだ[10]

1996年、アトランタ五輪に出場した[11]

1999年6月に松下電器女子サッカー部バンビーナへ移籍。これは、読売ベレーザ所属時代に知り合い結婚した竹本一彦ガンバ大阪へ移ったことに伴う[6]。同シーズン終了後、アメリカのシリコンバレー・レッドデビルズ (Silicon Valley Red Devils) に入団するが、ケガのため半年で帰国。バンビーナから名称を変えたスペランツァF.C.高槻に復帰した。

2004年シーズン終了後に現役を引退[7][12]。公式戦出場226試合は2004年当時歴代1位の記録だった。

指導者時代

2011年6月21日、女性では3人目となるJFA 公認S級コーチライセンスを取得[13]

2013年より2014 FIFA U-17女子ワールドカップを目指すU-16サッカー日本女子代表チーム監督に起用され[14]、2013年10月のAFC U-16女子選手権を制覇してFIFA U-17女子ワールドカップコスタリカ大会への出場権を獲得[15]

2012年、2013年にアジアサッカー連盟が定める「アジア年間最優秀コーチ(女子の部)」を受賞[16]

2014年3月、コスタリカで開催された2014 FIFA U-17女子ワールドカップに臨み、グループリーグ、決勝トーナメントを無敗で勝ち上がり、4月4日に行われた決勝戦でスペイン代表に2-0で勝利してU-17女子ワールドカップ初優勝を果たした[17]

2014年9月より2016 FIFA U-20女子ワールドカップを目指すU-18サッカー女子日本代表監督に就任した[18]

2014年11月、AFC女子年間最優秀監督に3年連続3度目で選出された[19]

2015年8月、中国南京で開催されたAFC U-19女子選手権2015で優勝を果たした[20]

2015年11月、AFC女子年間最優秀監督に4年連続4度目で選出された[21]

2016年4月27日、3月に退任した佐々木則夫の後任として、サッカー女子日本代表の監督に就任(U-20代表監督と兼任)[22]。日本では男女のA代表を通じて初の女性監督となった[23]

代表監督就任後最初の指揮は同年6月にアメリカで行われたアメリカ女子代表との国際親善試合2連戦で[24]、6月2日にコロラド州コマースシティーのディックス・スポーティング・グッズ・パークで行われた第1戦では3-3の引き分け[25]、続く6月5日にオハイオ州クリーブランドファーストエナジー・スタジアムで行われた第2戦は後半31分に雷雨により中断し、そのまま中止となった[26][27]

2017年3月3日に行われたアルガルヴェ・カップ2017第2戦アイスランド女子代表戦を2-0で勝利し、監督就任後5戦目にして初勝利を手にした[28]。大会は最終的に6位で終えた[29]

2018年4月にヨルダンで開催された2018 AFC女子アジアカップにおいて日本を大会2連覇に導き、A代表就任後初のタイトルを獲得した[30][31]。また、規定により5位以内のチームに与えられる2019 FIFA女子ワールドカップ フランス大会の出場権を獲得した[32]

2019年6月の2019 FIFA女子ワールドカップ フランス大会では、決勝トーナメント1回戦でオランダ女子代表に2-1で敗れベスト16で敗退した[33]

2021年7月の東京オリンピックでは、グループステージを3位で通過するも、準々決勝でスウェーデンに1-3で敗れベスト8で敗退した[34]

2021年8月31日をもって任期満了で日本女子代表監督を退任した[35]

2021年11月、東北よりなでしこリーグを目指すプロジェクトを進めている「いわてスポーツプロジェクト」のアドバイザーに就任[36]。岩手より女子サッカーを盛り上げる活動を開始。

2022年12月、中国女子スーパーリーグ中国語版に所属する上海盛麗足球倶楽部中国語版の監督に就任することが発表された[37][38]

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個人成績

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タイトル

選手時代

クラブ

個人

指導者時代

代表

個人

代表歴

主な選出歴

試合数

さらに見る 日本代表, 国際Aマッチ ...
  • 出典: なでしこジャパン(日本女子代表)試合別出場記録[39]

出場

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ゴール

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  • 出典: なでしこジャパン(日本女子代表)試合別出場記録[39]
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指導歴

  • 1994年 - 1999年 ヴェルディサッカースクール
  • 2006年 - 豊島園ママさんサッカースクール
  • 2007年 - フットボールコミュニティサッカースクール
  • 2007年 - 埼玉フットボールスクール
  • 2007年 - JFAナショナルコーチングスタッフ
    • 2007年 - 2008年 ナショナルトレセン コーチ [女子担当] 全体
  • 2008年 U-13日本女子選抜 監督
  • 2008年 なでしこチャレンジプロジェクト 監督・コーチ
  • 2009年 ナショナルトレセン コーチ [女子担当] 関東
  • 2009年 JFAエリートプログラム [女子] 監督
  • 2009年 U-14日本女子選抜 監督
  • 2009年  U-16日本女子代表 コーチ
  • 2009年 なでしこチャレンジプロジェクト コーチ
  • 2013年  U-16日本女子代表 監督
  • 2014年  U-17日本女子代表 監督
  • 2014年  U-18日本女子代表 監督
  • 2015年  U-19日本女子代表 監督
  • 2016年  U-20日本女子代表 監督
  • 2016年  U-23日本女子代表 監督
  • 2016年 - 2021年  日本女子代表 監督(2016年はU-20女子代表監督と兼任)
  • 2023年 - 現在 中華人民共和国の旗 上海盛麗足球倶楽部中国語版
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著書

  • 2012年 なでしこサッカー 世界の頂点へ(愛育社)ISBN 978-4750004129
  • 2018年 個を生かし和を奏でる: 世界一に挑む45の流儀(徳間書店)ISBN 978-4198645922

出典

外部リンク

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