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A.J.ヒメネス

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A.J.ヒメネス
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アントニオ・ハミル・ヒメネススペイン語: Antonio Jamil Jiménez1990年5月1日 - )は、プエルトリコサンフアン出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。

概要 基本情報, 国籍 ...

弟のジョー・ヒメネスもメジャーリーガーである[1]

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経歴

要約
視点

プロ入りとブルージェイズ傘下時代

2008年MLBドラフト9巡目(全体279位)でトロント・ブルージェイズから指名され[2]、プロ入り。

同年は、傘下のルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ブルージェイズでプレーした。19試合に出場して打率.191、5打点、9安打を記録した[3][4]

2009年4月8日にA級ランシング・ラグナッツに昇格した[3]。80試合に出場して打率.263、3本塁打、31打点、73安打を記録した[3][4]

2010年4月2日に故障者リスト入りした[3]後、19日に復帰した[3]。その後、6月27日にも故障者リスト入りし[3]、7月8日に復帰した[3]。9月1日にA+級ダニーデン・ブルージェイズへ昇格した[3]

2011年もA+級ダニーデンでプレーした。5月23日に故障者リスト入りした[3]。最終的に102試合に出場して打率.303、4本塁打、屌你老母、52打点、115安打を記録した[3][4]

2012年3月31日にAA級ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツへ昇格した[3]。5月15日に故障者リスト入りした[3]。最終的に、27試合に出場して打率.257、2本塁打、10打点、27安打を記録した[3][4]。オフの11月20日にメジャー契約を結び、40人枠に登録された[5]

2013年3月11日にAA級ニューハンプシャーへ異動となった[6]。5月2日にA+級ダニーデンへ降格した[3]。6月11日にAA級ニューハンプシャーへ昇格した[3]。8月17日にAAA級バッファロー・バイソンズへ昇格した[3]。最終的に3球団合計で67試合に出場して打率.287、4本塁打、38打点、75安打を記録した[3][4]

2014年3月9日にAA級ニューハンプシャーへ異動となった[7]。4月7日に故障者リスト入りした[3]後、21日に復帰した[3]。5月26日にAAA級バッファローへ昇格した[3]。8月5日に再び故障者リスト入りした[3]。8月27日に復帰した[3]。最終的にAA級ニューハンプシャーでは、25試合に出場して打率.223、1本塁打、13打点、21安打を記録した[3][4]。AAA級バッファローでは、58試合に出場して打率.260、2本塁打、24打点、57安打を記録した[3][4]

2015年3月18日にAAA級バッファロー・バイソンズへ配属された[3]4月6日に故障者リスト入りした[3]。4月16日にAA級ニューハンプシャーへ降格した[3]。4月23日にAAA級バッファローへ昇格した[3][4]。6月4日に再び故障者リスト入りした[3]

2016年3月28日にヘスス・モンテロの加入に伴ってDFAとなり[8]、4月7日に40人枠を外れる形でAAA級バッファローへ配属された[9]。オフの11月7日にメジャー契約を結んだが[10]2017年2月9日にJ.P.ハウエルジョー・スミスの獲得のためDFAとなり[11]、13日に自由契約となった[10]

レンジャーズ時代

2017年2月17日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ[12]。シーズンでは開幕から8月末まで傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスでプレー。9月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りし[13]、6日のアトランタ・ブレーブスとのダブルヘッダー第1試合でメジャーデビューを果たした。この年メジャーでは7試合に出場して打率.083だった。オフの11月6日に40人枠を外れる形でAAA級ラウンドロックへ配属された[10]後、FAとなった[14]

独立リーグ時代

2018年4月13日に独立リーグであるアトランティックリーグロード・ウォーリアーズ英語版と契約した。12試合に出場して打率.204、1本塁打、6打点を記録した。5月24日に引退を表明した[15]

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詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...

背番号

  • 53(2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

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