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チャ・ジュンファン
大韓民国出身のフィギュアスケート選手 ウィキペディアから
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チャ・ジュンファン(車 俊煥、Cha Jun-hwan、차준환、2001年10月21日 - )は、韓国のフィギュアスケート選手(男子シングル)、元子役、モデル。
主な戦績は、2022年北京オリンピック5位入賞、2023年世界選手権銀メダル、2022年四大陸選手権優勝、2018年グランプリファイナル銅メダル、2016年ジュニアグランプリファイナル銅メダル、韓国選手権8連覇(2017年 - 2024年)など。
四大陸選手権での優勝、世界選手権・グランプリファイナル・ジュニアグランプリファイナル・その他グランプリシリーズでのメダル獲得など、韓国男子フィギュアスケート史上初の記録を数々と打ち立てている。
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経歴
要約
視点
ノービス・ジュニア時代
小学校2年生の夏休みにフィギュアスケートを始めた。憧れの選手は髙橋大輔。11歳でアクセルを除く5種類の3回転ジャンプをマスターした[1]。
2014-2015シーズンは、ノービスの年齢ながら韓国選手権で銅メダルを獲得した。2015年3月にカナダ・トロントに移り、ブライアン・オーサーの元で練習を始めた。
2015-2016シーズン、ジュニアクラスに移行。スケートカナダオータムクラシックで優勝した。リレハンメルユースオリンピックでは5位。世界ジュニア選手権では7位。
2016-2017シーズン、ジュニアグランプリシリーズに参戦。横浜大会ではジュニアの歴代最高得点を更新して優勝。続くブラエオン・シュベルター杯でも優勝した。ジュニアグランプリファイナルでは銅メダルを獲得し、韓国の男子選手としては初めて表彰台に立った。韓国選手権では初優勝。世界ジュニア選手権ではショートプログラム2位の好発進を切るも、フリースケーティング(フリー)で順位を落とし総合5位となった。
シニア以降
2017–2018シーズン
シニアクラスに移行。シーズン序盤に足首や骨盤の大怪我を負い、以降は怪我や後遺症に悩まされる事となる。加えてスケート靴の問題も重なり、オリンピックの選考大会では好成績を残せなかった。だが、構成の難易度を落とす等の工夫を経て韓国選手権では連覇し、逆転的にオリンピックへの出場権を勝ち取った。
その後、母国開催の平昌オリンピックでは15位となった。怪我の影響もあり、派遣が決まっていた世界ジュニア選手権は棄権した。
2018–2019シーズン
チャレンジャーシリーズでは2大会で銀メダルを獲得した。グランプリシリーズに参戦し、スケートカナダで銅メダルを獲得した。韓国の男子選手がグランプリシリーズで表彰台に乗るのは初となった。続くヘルシンキ大会でも銅メダルを獲得し、韓国男子初のグランプリファイナル進出を決めた。同大会でも銅メダルを手にし、韓国男子初の記録を作った。四大陸選手権のショートプログラムではミスのない演技で2位でスタートを切るも、フリーでは6本の回転不足があり総合6位に終わった。
2019–2020シーズン
韓国選手権1位で4連覇達成。
2020–2021シーズン
高麗大学進学。学業の為、リモートを通じながら韓国にて練習中。
韓国選手権1位で5連覇達成。
2021–2022シーズン:四大陸選手権優勝、北京オリンピック5位入賞
シーズン初戦のアジアフィギュア杯で6位に入る[2]。グランプリシリーズは中国杯にエントリーしていたものの、新型コロナウイルス流行の影響で同大会が中止となったため、代替で開催されたイタリア大会に出場した[3]。イタリア大会ではショートプログラムで3位につけるも、フリーで6位となり、総合5位で終えた[4]。グランプリ2戦目のNHK杯では3位に入り銅メダルを獲得した[5]。
韓国選手権では6連覇を達成した。四大陸選手権では、ショートプログラムで自己ベストの98.96点、合計でも自己ベストの273.22点をマークし、韓国男子初の優勝を果たした[6]。2022年北京オリンピックでは、ショートプログラムで再び自己ベストの99.51点をマークし、4位。フリーでは冒頭の4回転ループで転倒したものの、4回転サルコウを含む6つのジャンプを成功させ、自己ベストの182.87点、合計282.38点で総合5位入賞を果たした[7]。フランス・モンペリエで行われた世界選手権では、大会2日前の公式練習にて靴が故障するトラブルが発生した。ショートプログラムには出場し17位となったものの、フリーは棄権した[8]。
2022–2023シーズン:世界選手権銀メダル
チャレンジャーシリーズのネペラメモリアルで2位[9]、フィンランディア杯では優勝を果たした[10]。グランプリシリーズ1戦目のスケートアメリカでは、3位で表彰台を飾った[11][注 1]。NHK杯ではショートプログラムで6位と出遅れたものの、フリーでは2本の4回転ジャンプを成功させ、3位と巻き返した[13]。2戦とも表彰台に上がったが、グランプリファイナル進出はならなかった。
韓国選手権では7連覇を達成。四大陸選手権では4位となり、表彰台を逃した[14]。さいたま市で行われた世界選手権では、ショートプログラムで99.64点をマークし3位につける[15]。フリーでは2本の4回転ジャンプを含む計7本のジャンプを全て成功させ、自己ベストの196.39点をマークし2位、合計296.03点で宇野昌磨に次ぐ銀メダルを獲得し、韓国男子としては初の世界選手権表彰台に立った[16][17]。シーズン最終戦の国別対抗戦では、ショートプログラムで自身初の100点超えとなる101.33点をマークし2位[18]。フリーでは1位の187.82点をマークし、初出場の韓国チームの銀メダル獲得に貢献した[19]。
2023–2024シーズン
初戦のネペラメモリアルで6位[20]、上海トロフィーでは2位となる[21]。グランプリシリーズ1戦目のスケートカナダでは、ショートプログラムで2位発進するもフリーで11位となり、総合9位に終わった[22]。2戦目のエスポーグランプリは右足首の怪我の影響で欠場[23]。回復に専念していたが、12月の韓国代表第1次選抜戦に向けて11月に練習を再開し、同大会には鎮痛剤を飲んで出場[注 2]。結果、優勝を果たし、2月の四大陸選手権の出場権を獲得した[24]。1月の韓国選手権ではショートプログラム・フリーともに1位で8連覇を果たした[23]。
2024–2025シーズン
2025–2026シーズン
2025年5月、大学卒業後の進路として、新しく設立されたソウル市職場運動競技部フィギュアチーム(実業団チーム)に入団、ソウル市庁所属選手として活動する。フィギュア選手が実業チームに入る初の事例となった[25][26]。
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競技成績
ISUパーソナルベストスコア
- SP - ショートプログラム、FS - フリースケーティング
- TSS - 部門内合計得点(英: Total segment score)は太字
- TES - 技術要素点(英: Technical element score)、PCS - 演技構成点(英: Program component score)
主な戦績
- 数字は個人戦における個人順位および団体戦におけるチーム順位。括弧内の数字は団体戦における個人順位。
- GP - ISUグランプリシリーズ
- CS - ISUチャレンジャーシリーズ
- JGP - ISUジュニアグランプリシリーズ
- J - ジュニアクラス
- N - ノービスクラス、A - ノービスAクラス、B - ノービスBクラス
詳細
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プログラム使用曲
要約
視点
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脚注
外部リンク
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