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デビッド・ベル
アメリカの野球選手、監督 (1972 - ) ウィキペディアから
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デビッド・マイケル・ベル(David Michael Bell, 1972年9月14日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ出身の元プロ野球選手(内野手。主に三塁手)。右投右打。2019年シーズンよりMLBのシンシナティ・レッズで監督を務める。
父親は1972年から1989年にテキサス・レンジャーズ等でプレーしたバディ・ベル。 祖父のガス・ベル、弟のマイク・ベルもメジャーリーグでプレーした。
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経歴
現役時代

1990年のMLBドラフト7巡目(全体190位)でクリーブランド・インディアンスから指名を受け、プロ入り。1995年にメジャーデビューし、同年途中にセントルイス・カージナルスへ移籍。レギュラーに定着した1998年はカージナルス、インディアンス、シアトル・マリナーズの3球団でプレー。インディアンス復帰直後の同年4月15日にはジェイコブス・フィールド開場以来初のランニング本塁打を記録している。2001年にはシーズン最多記録タイとなる116勝を挙げたマリナーズの地区優勝に貢献。また、同年のオールスターファン投票の途中経過の際、この年限りで引退を表明していたカル・リプケン・ジュニア(ボルチモア・オリオールズ)を抜いて三塁手部門のトップに立ってしまい、物議を醸した(オールスター戦では、各ポジションの最高得票選手は先発出場しなくてはならないという規則がある。なお、最終的にベルはオールスターの選出からも漏れた。)[1]。
2002年にデシー・レラフォードとのトレードで、サンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍し、ワールドシリーズ進出に貢献。2003年からはフィラデルフィア・フィリーズでプレー。2004年6月28日にはサイクルヒットを記録し、史上初の「祖父と孫がサイクルヒット」の快挙を達成。2006年に引退を表明した。
引退後
引退後は、2009年から3年間シンシナティ・レッズ傘下のAA級カロライナ・マドキャッツ、2012年はAAA級ルイビル・バッツで監督を歴任した。
2013年にはシカゴ・カブスで三塁コーチを務め[2]、2014年からは、カージナルスに移った(2014年は打撃コーチ補佐、2015年から2017年まではベンチコーチ)。
2017年シーズン終了後にジャイアンツの育成副部長へ就任した[3]。
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詳細情報
年度別打撃成績
年度別守備成績
- 内野守備
- 外野守備
- 各年度の太字はリーグ最高
記録
- サイクル安打:1回(2004年6月28日)
年度別監督成績
- 2021年度シーズン終了時
- 順位の太字はプレーオフ進出(ワイルドカードを含む)
- 太字年は最優秀監督賞受賞年
- WS…ワールドシリーズ、LCS…リーグチャンピオンシップシリーズ、DS…ディビジョンシリーズ、WC…ワイルドカードゲーム
背番号
- 4(1995年 - 同年途中、2003年 - 2005年)
- 27(1995年途中 - 1998年途中)
- 6(1998年途中 - 同年途中)
- 2(1998年途中 - 同年終了)
- 25(1999年 - 2001年、2006年、2015年 - 2016年、2019年 - )
- 28(2002年)
- 3(2013年)
- 23(2014年)
- 33(2017年)
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脚注
関連項目
外部リンク
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