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大倉山ジャンプ競技場

札幌市中央区にあるジャンプ競技場・展望台 ウィキペディアから

大倉山ジャンプ競技場map
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大倉山ジャンプ競技場(おおくらやまジャンプきょうぎじょう)は、札幌市中央区にあるスキージャンプ競技場(ラージヒル)。宮の森ジャンプ競技場とともにナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設になっている[3]

概要 大倉山ジャンプ競技場Okurayama Ski Jump Stadium, 施設情報 ...
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冬のジャンプ台(2011年3月)
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概要

1923年に三角山に建設された国内初の固定スキージャンプ台「シルバーシャンツェ」を皮切りに、以後三角山では4年間で3基のジャンプ台が建設され、ジャンプ競技の中心地として用いられたが、三角山のジャンプ台は30m級にとどまっており、世界の潮流から遅れた状況にあった[4]

1928年に秩父宮雍仁親王が来道した際に、将来の冬季五輪開催を見据え、札幌に国際級の大型ジャンプ台を造る必要性を大野精七らに訴え[5][6]大倉喜七郎が私財を投じて建設計画を進めることとなった[4]1929年にはノルウェーからジャンプ台造りの第一人者であるオラフ・ヘルセット中尉らが来札し、当時は無名の山に60m級のジャンプ台を造ることを決めた[6]

1931年に大倉土木(現・大成建設)が4カ月間をかけ建設し、10月にジャンプ台は完成した[4]。建設費を賄い札幌市に寄贈した大倉喜七郎の厚意に報いて「大倉シャンツェ」と命名した(「シャンツェ」はドイツ語で「ジャンプ台」という意味)[7][8][6]。なお、無名の山に「大倉山」と名づけられると[9]、「大倉山シャンツェ」と呼ばれるようになった。

1957年、雪印乳業が当時の80m級ジャンプ台の北側に隣接して60m級の台(P点60m、K点69m)を設置し、札幌市に寄贈した。「雪印シャンツェ」と呼ばれ、雪印杯全日本ジャンプ大会が1958年から1969年まで開催されたほか、国民体育大会も開催された。

その後、1972年札幌オリンピックの会場として大改造され、「大倉山ジャンプ競技場」となった。一方で「雪印シャンツェ」は廃止され、跡地は観客席となった。

サマージャンプやナイタージャンプが可能な設備を整えており、国内大会や国際大会を数多く開催している。ジャンプ台とその周辺は観光地になっており、標高307mの展望ラウンジからは札幌の市街地や石狩平野石狩湾を一望することができるほか、ジャンプ台の下には札幌オリンピックミュージアム大倉山クリスタルハウスがある。公式キャラクターとしてエゾモモンガをモデルとした「くらやん」が誕生している[10]

宮の森ジャンプ競技場共々老朽化が進み、2024年現在は国際スキー連盟(FIS)の定める国際規格に適合しない問題を抱えている。そのため、ラージヒルを改修し国際規格に適合させると共に、観客席を縮小して旧雪印シャンツェ部分にノーマルヒルを増設しデュアル化する構想があり、2024年11月には札幌市が正式にデュアル化構想を推進する姿勢を表明した。併せて現在のリフトをゴンドラ化するなど、バリアフリー化も推し進めるとしている[11]

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歴史

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施設

  • 展望ラウンジ(スタートハウス)
  • ジャンプ台
    • アプローチ : 101 m
    • 助走路 : 94 m
    • 助走路最大斜度 : 35°
    • カンテ : 7 m
    • 高さ : 3.3 m
    • テイクオフ斜度 : 11°
    • 着地斜面(ランディングバーン) : 202.8 m
    • 着地斜面最大斜度 : 37°
    • (幅)カンテ下 : 10 m
    • K点(幅) : 10 m
    • P点=標準点 : 100 m
    • K点=建設基準点 : 冬季123 m 夏期120 m
    • ヒルサイズ : 冬季137 m 夏期134 m
    • ブレーキングトラック : 100 m
    • 標高差 : 133.6 m
    • 傾斜長 : 403.8 m
    • 全長 : 368.1 m
  • 審判塔
  • 2人乗りリフト
  • 運営本部
  • 札幌オリンピックミュージアム
  • 大倉山クリスタルハウス
  • 総合案内・チケット売場
  • エスカレーター

バッケンレコード

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大会実績

その他

2017年からは、ジャンプ台の着地点(ランディングバーン)から頂上までの400mを逆走する「Red Bull 400」が開催されている。「世界で最も過酷な400m走」と称され、男女の個人戦のほか、4人が100m毎にリレーするチーム戦も行われている[26]

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アクセス・駐車場

脚注

参考資料

関連項目

外部リンク

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