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小阪昇

日本の将棋棋士 ウィキペディアから

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小阪 昇(こさか のぼる、1950年2月18日 - ) は、将棋棋士。2010年、引退。藤内金吾八段門下。棋士番号は112。兵庫県神戸市出身。

概要 小阪 昇 八段, 名前 ...

棋歴

奨励会A組(旧三段リーグ)で10期5年足踏みするが、1973年前期(第10期)に11勝1敗というずば抜けた成績で1位となり、関東1位の桐谷広人との東西決戦を制して、1973年10月1日付けでプロ入りする。

第16期(1975年度)王位戦でリーグ入り。

1978年、第9回新人王戦で決勝三番勝負に進出。相手は、弟弟子で親友[1]でもある森安秀光であった。森安は前回優勝者であり2年連続通算4回目の優勝を狙っていたが、小阪が1敗の後の2連勝で優勝した。なお、中原誠名人との記念対局(名人vs新人王戦優勝者)では敗れた。

第31回(1981年度)NHK杯戦で本戦出場。1回戦で宮坂幸雄に勝ち、2回戦では兄弟子の内藤國雄に勝利する(3回戦で大山康晴に敗れる)。

第44期(1985年度)のC級2組順位戦は、7勝2敗で最終局を迎え、自力ではないものの昇級の可能性があった。これに勝って8勝2敗としたものの、ライバルのうち1名が勝ったため次点(4位)に終わった。翌年度、第45期(1986年度)C級2組順位戦では、順位戦デビューの羽生善治に勝利するなどして、第7戦まで無傷の全勝。しかも、前期の次点の成績により順位表で絶好のポジションにいた。しかし、そこから3連敗して7勝3敗の8位となり、またも昇級を逃した。

1988年度の第1期竜王戦4組では、勝てば昇級となる準決勝で羽生に敗退。このように昇級がかかるとめっぽう弱く、順位戦・竜王戦ともに1度も昇級できないまま棋士生活を終えた。これは新人王経験者では小阪が唯一のケースとなっている。

2010年に引退。2009年度に引退規定が改定され、引退日は年度末(3月末)から最終対局日に変更された[2]。小阪は2010年度に入ってから竜王戦6組の昇級者決定戦で3連勝し、7月14日に千葉幸生に敗れるまで引退日が延びた[3]

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棋風

振り飛車党で、中飛車四間飛車三間飛車向かい飛車相振り飛車のいずれも指す。先手番では時折り居飛車も指す。後手番では中飛車や三間飛車が多い。

を前線に繰り出す厚い攻めに特徴がある棋風である。

人物

昇段履歴

主な成績

通算成績

444勝580敗 [注釈 1]

棋戦優勝

優勝合計1回

在籍クラス

さらに見る 開始 年度, (出典)順位戦出典 ...

表彰

  • 現役勤続25年表彰(1997年)
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脚注

関連項目

外部リンク

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