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1989年の全日本F3000選手権
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1989年の全日本F3000選手権は、1989年(平成元年)3月4日 - 5日に鈴鹿サーキットで開幕し、同年11月4日 - 5日に鈴鹿サーキットで閉幕した全8戦によるシリーズである。
1989年の全日本F3000選手権 | |
Previous: 1988 | Next: 1990 |
エントリーリスト
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スケジュール及び勝者
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シリーズポイントランキング
要約
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- ポイントシステム
※ベスト6戦が有効得点
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トピックス
- この年の全日本F3000にタイヤを供給するブリヂストン、ダンロップ、横浜ゴムの3メーカーが揃って優勝とポールポジションを記録した、全日本F3000において唯一のシーズンとなった。
- オートビューレック(後のステラ・インターナショナル)が小河等とともに全日本F3000に進出した。小河はシーズン前半を中古のローラT88/50(1988年に片山右京が使用した車両[1])での参戦であったが、開幕戦鈴鹿、第2戦富士と連続で2位入賞。第3戦西日本、第4戦鈴鹿で4位入賞とポイントを重ねた。第5戦菅生からはニューマシンが用意され、第6戦富士で初のポールポジションを獲得。第7戦鈴鹿でポール・トゥ・ウィンでF3000初優勝を記録と安定して好成績を残し、ドライバーズ・タイトルを獲得した。
- エマニュエル・ピロがF1第7戦フランスGPでベネトンからF1デビュー、以後の全日本F3000は欠場となった。
- フットワーク/ムーンクラフトと片山右京が、全日本F3000と国際F3000にオリジナルマシンでエントリーした。しかし双方で成績は不調で、国際F3000ではシーズン途中でドライバーをデイモン・ヒルに交替させたが結果は出なかった。
- 中谷明彦が第3戦西日本で、F3000デビュー3戦目でポールポジションを記録し、1983年の全日本F2選手権・第4戦鈴鹿で高橋徹が記録した最高峰カテゴリーデビュー4戦目でのポールポジション獲得記録を更新した。
- 1987、1988年と不振に陥ったマーチシャーシがレイトンハウスとのワークス体制で全日本F3000にフルエントリーした。ラルフ・ベラミィ設計のシャシーは関谷正徳により2位入賞1回、3位入賞3回、岡田秀樹の1回の3位入賞など復調を示した。
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関連項目
脚注
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