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中野渡清一
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中野渡 清一(なかのわたり せいいち、1941年(昭和16年)4月6日 - )は、元日本中央競馬会騎手・調教師。青森県出身。
来歴
1957年に東京競馬場・本郷重彦厩舎に騎手見習いとして競馬界入りし、1961年に騎手としてデビュー。1966年のスプリングステークスでシヨウグンに騎乗し重賞初勝利。1968年にはルピナスでオークスに勝ち八大競走初勝利となる。
1976年に本郷厩舎に入厩したマルゼンスキーは全8戦を中野渡の騎乗で8戦すべて勝利した。だが当時の規則で「持込馬」だったマルゼンスキーはクラシックに参戦できず、中野渡は「28頭立ての大外枠でもいい。賞金なんか貰わなくていい。他の馬の邪魔もしない。この馬の力を試したいからマルゼンスキーに日本ダービーを走らせてくれ」という有名なコメントを残した[2]。
1988年、調教師試験合格に伴い騎手を引退。翌1989年より美浦トレーニングセンターに厩舎を開業した。
成績
騎手通算
5122戦566勝(うち重賞9勝、障害競走8勝)
主な騎乗馬
- シヨウグン(1966年スプリングステークス)
- アラジン(1967年NHK杯)
- タケシバオー(1967年朝日杯3歳ステークス、1968年東京4歳ステークス)
- ルピナス(1968年優駿牝馬)
- メイジシロー(1969年中山記念)
- マルゼンスキー(1976年朝日杯3歳ステークス、1977年日本短波賞)
- マリキータ(1983年新潟3歳ステークス)
- その他
調教師通算
- 重賞勝ちはない。
主な厩舎所属者
※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。
- 武士沢友治(1997年-2010年 騎手)
脚注
関連項目
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