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宮西武史

光学撮影担当の撮影技師 ウィキペディアから

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宮西 武史(みやにし たけし[2][1]1942年昭和17年〉[2][1] - )は、光学撮影担当の撮影技師東京都出身[2][1]。叔父は映画監督の青柳信雄[3][1]

概要 みやにしたけし 宮西武史, 生年月日 ...

経歴

カメラマンだった父親や映画監督の叔父の影響を受け[2][3][1]1961年(昭和36年)に高校卒業と同時に専門学校に通う。1962年(昭和37年)に東宝でアルバイトとして『妖星ゴラス』に参加[2][3][1]。特殊撮影助手として富岡素敬に師事[4]。合成素材のためのロケーション撮影を多く担当した[4]

元々は一般作品(本編)のカメラマンを志望していたが、アルバイト当時は空きがなく特撮班に入ることになり、カメラマンとしての勉強の一環と考えていた[1]。アルバイトを続けるうちに専門学校へ行かなくなり中退し、同時期にアルバイトで入っていた川北紘一とともに東宝の入社試験を受けてともに正社員となった[1]。1、2年後の人事異動で宮西は本編班を希望していたが、富岡や有川貞昌らから優秀なスタッフなので異動させないで欲しいとの要望が特技課長の末安昌美へ上がり、特撮班に留まることとなった[1]

その後、室内合成を担当[2][1]1968年(昭和43年)の『連合艦隊司令長官 山本五十六』より光学撮影を担当し[1]1973年(昭和48年)の『ゴジラ対メガロ』より光学撮影としてクレジットされる[3]

スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999年)のころにCG技術が全盛になったことを受けて自身の役割は終わったと考え、その後はテーマパーク関連の業務に携わった[1]

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主な作品

映画

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テレビ

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著書

  • 西川タイジ、中野昭慶桜井景一、宮西武史、小川利弘若狭新一、藤下忠男、杉村克之、市村昭弘、諏訪操旺、松尾和之、小形英正、髙澤公明、北條則明『トーク・アバウト・シネマ—「特撮・CG・VFX」から語る映像表現と仕事論』発行:シネボーイ/PAPER PAPER 発売:フィルムアート社、2017年4月1日。ISBN 4845916347

脚注

参考文献

外部リンク

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