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イテリメン語
古シベリア諸語の一つでカムチャツカ半島西部に住むイテリメン族の固有言語 ウィキペディアから
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イテリメン語(英語: Itelmen, ロシア語: ительменский язык)は、古シベリア諸語の一つでカムチャツカ半島西部に住むイテリメン族の固有言語。イテリメンが自称であるが、かつてはカムチャダール語とも呼ばれた。チュクチ・カムチャツカ語族に含められるが、他の言語とは大きく異なり、別語族とする説もある[2]。金子(2011)ではイテリメン語とほかのチュクチ諸語の系統関係を認めず孤立言語とし、小野(2021)では系統的帰属問題は未解決であるとされている[2]。
話者はすでに年配者でコリヤーク管区に住む数十人しかなく、それ以外の人(3千人以上)は専らロシア語を使っている。しかし現地の教育で取り上げられ復活が試みられている。かつてはイテリメン語はカムチャツカ半島に広く分布し、大きく三つの言語に分けられた。カムチャッカ半島の太平洋側には東部語(東イテリメン語)、オホーツク海側には西部語、南端のロパトカ岬には南部語(南イテリメン語)が分布していた。このうち東部語と南部語は19世紀末までに消滅してしまい、今は西部語しか残っていない。また、西部語は更に北部方言(セダンカ方言)・南部方言(集落によりコヴラン、マロシェチノエ、ナパナ、ソポチノエ、ウトゥホロク、ハイリューゾヴォ方言)の2つの下位分類がなされるが、このうち辞書や文法書などの資料は西部語南部方言を取り上げたものが大半であり[3]、学校教育用の刊行物もすべて西部語南部方言に準拠したものとなっている[4]。Georg & Volodin (1999)は西部語南部方言を、小野(2021)は西部語北部方言を中心に扱った文法書である。
カムチャツカ半島には17世紀からロシア人(コサック)が入植し、イテリメン族を圧迫し、また同化したため、イテリメン語とロシア語とのクレオール言語(これがカムチャダールとも呼ばれた)も発達した。現在のイテリメン語も、ロシア語から強い影響を受け、接続詞や数詞なども借用語を用いている。19世紀からソビエト時代にかけてさらに同化政策が進められ、1930年代には専らロシア語による教育が行われた。この頃にラテン文字を用いてイテリメン語が記されるようになったが、普及しなかった。現在は1986年に制定されたキリル文字(32字)が用いられている。
同語族とされる他言語(破裂音・破擦音には無声音、摩擦音には有声音しかない)に比較すると子音の種類が多く、破裂音・破擦音には放出音系列があり、摩擦音には無声音と有声音の系列がある。母音は南部方言で5または6種類、北部方言で6種類で、不完全な母音交替を起こす。
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文法
イテリメン語については抱合を行わず類型論的には膠着語であり対格言語である。また、主語と目的語がすべて同じ語形を取る中立型のアラインメントとなっている。他のチュクチ・カムチャツカ諸語の言語は、いずれも類型論的には抱合語(複統合語)[5]、他動詞主語を能格で表す能格型の言語である[6]。
音韻
要約
視点
以下の記述は、西部語の南北方言の構造に基づく。
音節構造
音節構造は(C1)(C2)(C3)(C4)(C5)(C6)(C7)V(C8)(C9)(C10)(C11)(C12)である。Cは子音(consonant)、Vは母音(Vowel)である。()は音節形成の非必須要素である。声調は見られない。西部語南部方言・北部方言共に、最大で語頭に7子音連続、語末に5子音連続が現れる(ntkskqzu「彼は作っていた」、qkəmstxc「出ろ」、いずれも北部方言)。これは、語頭・語末、語中(形態素境界)の子音連続を許容しない他のチュクチ・カムチャッカ諸語にはない特徴である [7]。また、コリャーク語やアリュートル語では、母音で始まる音節は単語の初めにのみ現れるが、イテリメン語ではその制限はない(ən.qe.we.at.ez.nen「彼は(習慣的に)湯を沸かす」)。
母音
西部語南部方言
5つの母音音素があり、/a/, /e/, /i/, /o/及び /u/の五つが認められる.。シュワー[ə]も出現するが、音素的ステータスの詳細は不明である。
西部語北部方言[8]
6つの母音音素があり、/a/, /e/, /i/, /o/, /u/及び /ə/の六つが認められる。/ə/以外の5つの母音は、語頭、語中、語末に現れる。/ə/は語末以外に現れる。
母音に関する規則
イテリメン語の母音には弱母音と強母音の系列があり、強母音を含む形態と結合する際などに、弱母音が強母音と交代することがある。ただし、北部方言においては厳格な規則ではなく、話者による揺れがある。
弱母音 | i | e | u |
強母音 | e | a | o |
南部方言における語幹内の弱母音の強母音への交代
nu + -kas → no-kas 「食べること」(北部方言: nu + -kas → nu-kas 「食べること」)
wil + -kas → wel-kas 「飲むこと」(北部方言: il + -kas → il-kas 「飲むこと」)
子音[9]
西部語の子音目録は南部方言と北部方言でほぼ同一で一対一対応をしている。
南部方言
26の子音音素がある。このうち破裂音は有声と無声の対立がなく、摩擦音は有声と無声の対立がある。括弧⟨⟩はキリル文字での表記に用いるアルファベットである。
Volodin (1997)では、声門破裂音の存在も示唆されており声門化された鼻音や側面音(/mˀ/, /nˀ/, /lˀ/)を含んでいたが、Georg & Volodin (1999)では声門破裂音を音素として認めている。また、南部方言には語全体が円唇を伴って発音される円唇化という現象があり、語頭に「˚」を記載して円唇化を示す(˚аmʔаm「深さ」)。
北部方言
固有語には26個の子音音素がある。これに加え7個の子音音素が借用語内で現れる(下表カッコ内)。破裂音は固有語彙内では有声と無声の対立がない。声門破裂音は北部方言にのみ現れ、名詞、形容詞、動詞の複数標識として働く。括弧⟨⟩は小野(2021)及び本稿の表記に用いるアルファベットである。/ʔ/以外の子音は、語頭、語中、語末に現れる。/ʔ/は語頭以外に現れる(omʔom「暖かさ」)。/ʔ/は名詞や動詞の複数マーカーのほか、所有形を示すのにもつかわれる。
南部方言のw及びzは北部方言で、ʍ及びsに規則的に対応する。
子音に関する規則
(無声)破裂音の放出音化
破裂音(t, k, q)は、特定の音素の前で放出音化(t', k', q')する。南部方言では母音及びnの前で放出音化し、北部方言では共鳴音(母音 i, e, a, o, u, ə及び、子音m, n, ɲ, ŋ, r, ɬ, lʲ,w, j)の直前の位置で放出音化する。
t-..-kicen+ il → t'-il-kicen 「私は飲んだ」(北部方言)
k-..-kicen + nu → k'-nu-knen 「食べた」(南部方言及び北部方言)
無声破裂音(p, t, k, q)または無声破擦音(c)は、声門破裂音(ʔ)の前で放出音化(p', t', k', q', c')し声門破裂音が脱落する。
sop + k-..-ʔan → k-sop'-an 「閉じられた」(北部方言)
omt + k-..-ʔan → k-omt'-an 「結ばれた」(北部方言)
sk + k-..-ʔan → k-sk'-an 「作られた」(北部方言)
qelʲtq+ k-..-ʔin → k-qelʲtq'-in 「妊娠した」(北部方言)
qənc + -ʔin → qənc'-in 「魚の」(北部方言)
有声子音の無声化
北部方言では、z, wは無声子音の前及び語末の位置で無声化し、s, ʍになる。
kzu-z-in 「彼は待っている」→ kzu-s-c 「お前は待っている」
upuw-eʔn 「杭(複数)」→ upuʍ 「杭(単数)」
無声側面摩擦音の脱落
北部方言では、無声側面摩擦音(ɬ)に現在時制マーカーz(-z/-s)が後続するとɬが脱落し、現在時制のマーカーはsになる。現在時制マーカー以外でsが後続する場合、ɬは脱落しない。
zunɬ 「住む」→ t-zun-s-kicen 「私は住んでいる」
(zunɬ 「住む」→ t-zunɬ-qzu-kicen 「私は住んでいた」)
wの挿入
母音u, oの後に母音が連続する場合、wが挿入されることがあるが、挿入の有無は個人内でも揺れがある。
əzu 「置く」→ əzu-(w)-aɬ-nen 「彼はそれを置くだろう」
(əzu 「置く」→ əzu-z-nen 「彼はそれを置きつつある」)
/l/の口蓋化
/lʲ/を含む形態素が/l/を含む語幹に後続するとき、/l/を逆行的に口蓋化し/lʲ/になる。これは/l/と/lʲ/が隣接していなくても起きる。-lʲaχ「~い(形容詞)」、-lʲat「~しまわる」で生じる。
sklawo「走る」→sklʲaw-lʲat「走り回る」
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名詞
要約
視点
数
複数接尾辞[10]
北部方言には複数接尾辞として-ʔn(~-ʔn~-eʔn~-əʔn~-aʔn~-uʔn~-ʔ)がある。
名詞語幹が母音の場合
名詞語幹の末尾が母音の場合、複数接尾辞は-ʔnとなる。
asera, asera-ʔn 「巣穴」
tawɬo, tawɬo-ʔn 「コリャ―ク」
名詞語幹がm, c, ŋ, l以外の子音の場合
名詞語幹の末尾がm, c, ŋ, l以外の子音の場合、複数接尾辞は-eʔn~-əʔn~-aʔnとなる。
ipɬχ, pɬχ-aʔn 「友人」(語頭のiは複数形で脱落する)
kist, kist-eʔn 「家」
名詞語幹がm,c, ŋで終わる場合
名詞語幹の末尾がm, c, ŋの場合、語幹末子音が脱落して複数接尾辞は-ʔnとなる。
tχtum, tχtu-ʔn 「丸木舟」
xk'əc, xk'ə-ʔn 「手」
tχaŋ, tχa-ʔn 「足」
名詞語幹がlで終わる場合
名詞語幹の末尾がlの場合、nが脱落して複数接尾辞は-ʔとなる。
ac'al, ac'al-ʔ 「白樺製の容器」 (ac'al-eʔnの場合もある)
əmŋel, əmŋel-ʔ 「昔話」
重複形
単数形が語根の重複によって形成される語があり、語根に接尾尾辞を接続することで複数形を形成する。名詞語幹末がm,c,ŋ及びlの場合でも、子音は脱落しない(ɬxm-əʔn 「クロテン」、lŋ-əʔn 「クロマメノキ」、tχəl-eʔn 「肉」)。
(子音+)子音+ə/e/u+子音(+子音)の音節構造を持つ語根の場合、複数形で母音が脱落することがある(kəpkəp, kpəʔn 「歯」、ceɬχceɬχ, cɬχaʔn「コケモモ」、ɬxəmɬxəm, ɬxməʔn 「クロテン」、k’uʍk’uʍ, k’ʍuʔn「爪」など)。
重複された語根の間に母音が挿入されるものがあるが、その母音にはa,eなどがあり予測がつかない(pontapont 「肝臓」、reseres「肺」、meqemeq「動物の鼻づら、嘴」)。二音節の語根について、語根末母音が単数形語幹末で削除される規則を仮定すれば、語幹の末尾が母音の場合複数接尾辞は-ʔnとなると統一した説明ができる(但し、c'uc'u, c'uʔn 「キングサーモン、マスノスケ」)。
また、重複形に直接接尾辞を接続することで複数形を形成する語がある(cukcukaʔn 「海獣のひれ」、joqjoq, joqjoqeʔn「カモメ」、witwit, witwiteʔn「アザラシ」)。
重複によって形成される語は、ceɬxceɬx「動物の毛、羽」, ləmləm「コケ」, など動植物に関係する語彙のほか、piŋpiŋ「ふけ、灰」, poqpoq「おなら」, retret「夢」, təltəl「眉」, tχistχis「尿」など人体に関係する語彙に多い。そのほか、cuʍcuʍ (cf. cʍ「雨が降る」), komkom「塊」, sxleŋsxleŋ「そり」, txəmtxəm「くし」など、複数形で使用されることが多い名詞や物質名詞などがある。
なお、名詞の単数形における重複は、ほかのチュクチ・カムチャッカ諸語にもみられる現象である。
動植物に関係する語彙
ceɬχ-ceɬχ, cɬχ-aʔn 「コケモモ」
ceɬχ-ceɬχ, cɬχ-əʔn 「動物の毛、羽」
cuk-cuk, cuk-cuk-aʔn 「海獣のひれ」
c'u-c'u, c'u-ʔn 「キングサーモン、マスノスケ」
emc'-emc', emc'-eʔn 「ナナカマドの実」
jowa-jow, jowa-ʔn「アビ科の海鳥」
joq-joq (jaq-jaq), joq-joq-eʔn (jaq-jaq-aʔn)「カモメ」
ləŋləŋ, lŋ-əʔn 「クロマメノキ」
ɬxəm-ɬxəm, ɬxm-əʔn 「クロテン」
meqe-meq, meqe-ʔn 「動物の鼻づら、嘴」
məl-məl, məl-əʔn 「大きなシラミ」(cf. məl-ti「シラミだらけになる」)
tχəl-tχəl, tχəl-eʔn 「肉」(cf. tχəl 「~を食べる」)
wit-wit, wit-wit-eʔn「アザラシ」
wəm-wəm, wm-əʔn 「ウジ虫」(cf. wəm-ti「虫に食われる」)
人体に関係する語彙
kəp-kəp, kp-əʔn 「歯」
k'əm-k'əm, k'm-əʔn 「髪」(南部方言k'imk'im)
k’uʍ-k’uʍ, k’ʍ-uʔn「爪」(南部方言k'uxk'ux)
lŋu-lŋuc, lŋu-lŋuc-eʔn (lŋu-lŋu-eʔn)「心臓」
məz-məs, mz-əʔn 「涙」 (cf. 単数形の語末のsは有声子音の無声化による。南部方言məz-məz)
ponta-pont, ponta-ʔn「肝臓」(南部方言pontapon, コリャーク語チャヴチュヴァン方言基底形ponta)
rese-res, rese-ʔn 「肺」(南部方言rse)
指小辞
指小辞-cχが付加された名詞は、複数形が-ʔncとなる。
eku-cχ, eku-ʔnc 「女の子」
nʲenʲeke-cχ, nʲenʲeke-ʔnc 「子供」
集合形
接尾辞-alの付加で複数のものをひとまとまりにして捉える集合形がある。集合形は植物など自然環境を表す際に用いられる。
sis「草」, sis-al「草むら」 (cf. 複数 sis-eʔn)
格
南部方言には普通名詞に12の格、北部方言には11の格があり、接辞によって格が表示される。北部方言は変格-k'i~-k'a「~になる」がなく、絶対格か与格で表示される。人称代名詞は絶対格、場所格、与格、出格、原因格の五つが形態的に区別される。形容詞は、北部方言で絶対格、場所格・与格、出格、具格の五つが形態的に区別され、南部方言では、具格のみ異なる形態を持つ。
以下に北部方言の名詞格組織を示す。
絶対格名詞は自動詞文の主語と他動詞文の主語・目的語になる。
与格は南部方言で、~-nke~-anke~-keのように語末にeがつき、ŋがつくことがない。共格は南部方言で、譲渡可能なもの(共格Ⅰ)と譲渡不可能なもの(共格Ⅱ)で区別されるが、北部方言では厳密な区別がない。
所有形と修飾形
所有形は名詞語幹に接尾辞-en(-en~-in~-an~-n)を付加することで形成され、所有する主体を表す。修飾形は接尾辞-ʔin(-ʔin~-ʔan)により形成され、被修飾名詞の性質属性を表す。修飾形では、声門破裂音の前が破裂音または破擦音の場合放出音化する。南部方言では意味上の違いを見出すのは困難であるとされる。
人称代名詞
数詞[14]
イテリメン語の数詞を以下に示す。
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動詞
要約
視点
イテリメン語の動詞には、人称、数、法、テンス、アスペクトの文法範疇がある。人称は一人称、二人称、三人称を区別し、数は単数と複数を区別する。法は直説法、希求法、仮定法の三つを区別し、接頭辞で形態的に示される。このうち希求法と仮定法は未来時制を持たない。アスペクトは継続相(-qzu-)と非継続(-∅-)を区別する。テンスは過去(-∅-)、現在(-z-)、未来(-aɬ-)を区別する。人称・数は接頭辞及び接尾辞で表示され、この接頭辞は法と人称・数が一体となった形である。定動詞の構造は、法と人称・数が一体となった接頭辞に動詞語幹、アスペクトの屈折接辞、テンスの接辞、人称・数の接尾辞がこの順で続く。定動詞の動詞語幹には、アスペクトを含む動作様態を示す派生接辞(-t- 反復、-zo- 持続、-sxen- 多回、-at- 習慣など)が付加する場合がある。その他、動詞語根の前やアスペクトの派生接辞の前後に接辞を付加することで、動詞の逆受動化や使役化を行う。
人称語尾は、主語と目的語だけでなく、それ以外の関与者を標示することができる。これを間接目的語活用(die indirekt-objective Konjugation)と呼ぶ。主語と目的語の標示を行う活用を主語活用と呼ぶ。
イテリメン語の動詞は、自動詞と他動詞に分類できる。他動詞は形動詞や不定詞の形態が異なる二種類(Ⅰ類・Ⅱ類)が区別される。他動詞は主語及び目的語の両方の人称を示す活用をする。動詞の自他の区別は以下の表のとおりである。
直説法
自動詞
南部方言と北部方言で異なる部分を太字で示す。∅はゼロ形態素である。
他動詞
他動詞にはⅠ類とⅡ類のグループがあり、それぞれ異なる形態の活用を行う。他動詞Ⅱ類はcil「~を集める」la「~を話す」など数が限られており、Ⅰ類の他動詞より少ない。自動詞と他動詞で異なる接頭辞を太字で示し、南部方言および北部方言に固有の活用語尾を(北)、(南)で表す。特に記さないものは共通の語尾である。∅はゼロ形態素である。
他動詞Ⅰ類
南部方言における一人称目的語の接尾辞は、-mi(ʔ)ŋである。
他動詞Ⅱ類
南部方言では、目的語が一人称の時に-xkmi(ʔ)ŋ、-xkmi(ʔ)ŋsxという接尾辞が現れる。
間接目的語活用
イテリメン語の動詞における接尾辞は、所有者や場所等の斜格補語を示す場合があり、これを間接目的語活用(die indirekt-objective Konjugation)と呼ぶ。間接目的語活用は、自動詞・他動詞両方で行われる。間接目的語の人称として現れるのは、三人称単数・三人称複数・二人称複数などである。以下にそのパラダイムを示す。
希求法
ある事態が起こることへの願望や働きかけを表す。Georg & Volodin (1999)ではImperativとされる。直説法とは異なる接頭辞を用い、二人称単数の場合のみ異なる接尾辞を持つ。未来時制の接辞-aɬとは共起不可で、現在時制の接尾辞-z/-sとは共起可能である。否定辞χeʔncを伴って否定未来を表す。
自動詞
直接法と異なる部分を太字で示す。
他動詞
直接法と異なる部分を太字で示す。
他動詞Ⅰ類
他動詞Ⅱ類
仮定法
ある事態が起こることへの願望や働きかけを表す。Georg & Volodin (1999)ではKonjunctivとされる。仮定法では動詞に接頭辞k-/k'-が付加される。接尾辞は、自動詞の二人称単数及び三人称単数以外では同系である。反事実や実現可能性が低い事柄の未来時制の接辞-aɬとは共起可能で、現在時制の接尾辞-z/-sとは共起不可である。直接法と異なる部分を太字で示す。
自動詞
直接法と異なる部分を太字で示す。
他動詞
仮定法における他動詞の活用は、三人称複数の接頭辞がnk-/nk'-になる以外は直接法と同様である。
テンス・アスペクト
イテリメン語の動詞には、継続、非継続のアスペクトおよび過去、現在、未来のテンスがある。過去、および非継続が無標である。いかにelʲcku「見る」の主語活用・直説法三人称単数のパラダイムを示す。
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形容詞及び副詞
要約
視点
形容詞には文法範疇として数と格がある。形容詞はLAX形、準名詞型、そのほかの形容詞に形態的に区別できる。形容詞・副詞の大部分は同じ形態を持つが、準名詞型など名詞に近い形態を持つものもある。形容詞は述語となるほか、名詞を修飾したり述語の補語になる。副詞は形容詞と異なり形態の変化はない。副詞は形容詞や副詞、節や文全体を修飾する。
LAX形・Q形(Class A)
形容詞の多くは-laχ~-lʲaχを語末に持つ。副詞は形容詞と同じ語根を持ち、形容詞の-laχ~-lʲaχと副詞の-qと規則的に交替する。小野(2021)では、これらの形容詞・副詞を-LAX形・Q形、Georg & Volodin (1999)ではMorphologisch reguläre Modifikatorenと呼ぶ。-lʲaχの形態の形容詞は数が少なく、ネガティブな意味の形容詞に限られる。また、-lʲaχは語幹の/l/を口蓋化して/lʲ/にする。
teŋ-laχ「良い」、teŋ-q「良く」
ulʲu-lʲaχ「小さい」、ulʲu-q「小さく」
ikəm-lʲaχ「短い」、ikəm-q「短く」
kcoŋ-lʲaχ「細い」、kcoŋ-q「細く」
qunʲ-lʲaχ「狭い」、qunʲ-q「狭く」
eʔlʲwe-lʲaχ「湿った」
LAX形の語根は、語根が子音で始まる場合は語根-語根、語根が母音で始まる場合は語根-ʔ-語根の形の派生名詞を持つことがある。
以下に西部語北部方言の形容詞の格組織を示す。
南部方言では、形容詞は具格で-lenlʲとなるが、それ以外では変化しない。
準名詞型
名詞の格表示に近い形態を持つ形容詞があり-(ʔ)in~-(ʔ)anを語末に持つ。遠近や上下などの空間的な意味を持つ。小野(2021)では、これらの形容詞・副詞を準名詞型と呼ぶ。
そのほかの形容詞副詞
mica「良く」「まったく」、c'exc'eɬ「無駄に, いたずらに」、lʲi「とても」などの形容詞がある。
ロシア語から借用された形容詞・副詞がある。いずれも男性単数主格形(-oj)で借用される。
krasnoj「赤い」 < красный (krasnyj)「赤い」
チュクチ・カムチャツカ諸語のコリャ―ク語から借用された形容詞が少数ある。コリャ―ク語の形容詞は人称・数を表示するが3人称単数形(n-..qin~qen)で借用されることが多い。
nirwoqen「鋭い」 < nicviqin「鋭い」(コリャ―ク語)
nomqen「太った」 < nʕumqin「太った」(コリャ―ク語)
niqa「速く」 < nujeqin 「速く」(コリャ―ク語)
nura「長い間」< nujeqin「長い」(コリャ―ク語)
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シンタクス
単文
単文は述語によって成立し、主語や目的語等の要素は必須ではない。動詞述語文の標準的な語順はSOVだが、SVOの語順もみられる。名詞述語文、形容詞述語文を下記に示す。
tiʔnu wimsx kəman ipɬχ 「この女性は私の友人です」
ənan kist lʲi plaχ 「彼の家はとても大きい」
動詞述語文を下記に示す。
kma t'-wetat-es-kicen 「私は働いている」
ipɬχ kma ∅-əlʲcku-qzu-∅-umnin 「友人は私を見ていた」
複文
並列文と従属文がある。並列文ではsinex「一方」などを使用して文をつなげることができる。従属文は主節と従属節からなり、従属節の種類には関係節、目的語節、副詞節がある。関係節は関係詞minを用いて主節の後ろにつく。疑問詞k'e「誰」、ma「どこ」などが関係詞として使用される。
kma t-piki-s-kicen zenk, sinex kza piki-s-c atnoŋ 「私は森へ行くところだ, 一方お前は家に帰る」
nt-sxezi-aɬ-k səmzat-ank, ma nt-zunɬ-qza-aɬ-k 「私たちはこれから私たちが住むチギリに向かう」
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関連項目
参考文献
- Kurebito Megumi (2004). A Report on Koryak Phonology. Osahito MIYAOKA and Fubito ENDO eds. Languages of the North Pacific Rim : Volume 9 . ELPR. Faculty of Informatics, Osaka Gakuin Univ.
- Tokusu KUREBITO, Megumi KUREBITO, Yukari NAGAYAMA, Chikako ONO, and Mitsuhiro YAZU (2001). Comparative Basic Vocabulary of the Chukcee-Kamchatkan Language Family: 1. (Сравнительный базовый словарь языков чукотско-камчатской языковой семьи). ELPR publication series ; A2-011.
- Stefan Georg & Volodin, Alexander P. (1999). Die Itelmenische Sprache. Wiesbaden: Harrassowitz. ISBN 3-447-04115-3.
- Volodin A. P., Ono, Ch, Bobaljik J. D., Koestr D., Krauss, M., Pol'nyj itel'mensko-russkij slovar'(『イテリメン語ーロシア語大辞典』). Fürstenberg/Havel: Kulturstiftung Sibirien, 2021.
- 小野智香子『イテリメン語文法―動詞形態論を中心に―』北海学園大学出版会、2021年3月31日。ISBN 978-4-910236-02-5。
- 金子亨(2011). "イテリメン語も孤立言語だった"(Itelmen was and is isolate) 千葉大学ユーラシア言語文化論集 (13): 1-19.
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関連文献
- 中川裕 監修、小野智香子 他共著『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たち(CD付)』白水社、2009年。ISBN 978-4-560-08502-8
- 小野智香子; 呉人恵 序文 (2003-03-25). “[Тематический словарь и разговорник северного (седанкинского) диалекта Ительменского языка / Чикако Оно ; предисловие, Мэгуми Курэбито = A lexicon of words and conversation phrases for the Itelmen northern dialect / Chikako Ono ; with preface by Megumi Kurebito]”. イテリメン語北部方言 語彙・会話例文集. 大阪学院大学情報学部. doi:10.15026/75453. ISSN 1346082X 2023年3月29日閲覧。.
脚注
外部リンク
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