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ユキノサンライズ
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ユキノサンライズ(欧字名:Yukino Sunrise、1987年4月12日 - 2018年11月9日)は、日本の競走馬、繁殖牝馬[1]。主な勝ち鞍に1990年のフラワーカップ、1991年の中山記念、中山牝馬ステークス。
![]() | この記事は「旧馬齢表記」が採用されており、国際的な表記法や2001年以降の日本国内の表記とは異なっています。 |
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経歴
競走馬時代
1990年1月5日、中山競馬場の新馬戦でデビューし、1番人気に応える。続く条件戦は2着だったが、3走目の500万下特別桃花賞で2勝目を挙げ、重賞初出走となったフラワーカップでも1番人気に押されて逃げ切り、重賞初制覇とした。その後西下して桜花賞をアグネスフローラに続く2番人気で迎えたが14着に終わり、休養に入る。秋初戦で再び西下して出走のエリザベス女王杯は不振に終わったが、続くターコイズステークスでは1番人気で勝利をおさめる。
古馬になって初戦の金杯(東)、ダート戦の銀嶺ステークスはともに6着と振るわなかったものの、中山牝馬ステークスで重賞2勝目を挙げた。中1週で中山記念に出走し、レースでは逃げの手を打って最後は単枠指定馬メジロライアンを抑え込み、重賞3勝目とした[2][3]。その後は勝ち星こそなかったが京王杯スプリングカップでもダイイチルビーの2着に入り、秋はカブトヤマ記念、福島記念、愛知杯と3戦連続3着を記録し、愛知杯が最後のレースとなった。[4]
引退後
引退後は東振牧場で繁殖牝馬となり、2番仔エイダイクインが1998年のクイーンカップを制し、産駒の初重賞制覇を果たした。[2]。繁殖生活引退後も引き続き東振牧場で功労馬として繋養され、2018年11月9日に死亡した[2]。31歳没。
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競走成績
要約
視点
以下の内容は、netkeiba.com[5]およびJBISサーチ[4]に基づく。
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繁殖成績
血統表
ユキノサンライズの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | ニジンスキー系 |
[§ 2] | ||
父 ホリスキー 1979 黒鹿毛 |
父の父 マルゼンスキー1974 鹿毛 |
Nijinsky | Northern Dancer | |
Flaming Page | ||||
*シル Shill |
Buckpasser | |||
Quill | ||||
父の母 オキノバンダ1970 鹿毛 |
*オンリーフォアライフ Only For Life |
Chanteur | ||
Life Sentence | ||||
メジロビーナス | *ガルカドール | |||
*ヴアレンシアナ | ||||
母 サリュウジョウ 1979 芦毛 |
*カラード Karad 1972 芦毛 |
*ゼダーン Zeddaan |
Grey Sovereign | |
Vareta | ||||
Embellie | *ヴェンチア | |||
But Lovely | ||||
母の母 ニットウコトブキ1973 鹿毛 |
*ハードリドン Hard Ridden |
Hard Sauce | ||
Toute Belle | ||||
テルギク | *ラツシー | |||
*ノースヴイクスン F-No.16-b | ||||
母系(F-No.) | ノースヴイクスン(GB)系(FN:16-b) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | 5代内アウトブリード | [§ 4] | ||
出典 |
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脚注
参考文献
外部リンク
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