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名古屋テレビ塔

愛知県名古屋市にある塔 ウィキペディアから

名古屋テレビ塔map
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名古屋テレビ塔(なごやテレビとう)は、愛知県名古屋市中区久屋大通公園にある高さ180.0メートル。名古屋テレビ塔株式会社が保有・運営する。国の重要文化財に指定されている[3]。毎日、日没から22時までの間ライトアップされ、夜の名古屋を美しく彩っている。

概要 名古屋テレビ塔 (中部電力 MIRAI TOWER), 情報 ...

施設命名権(ネーミングライツ)の売却により、2021年5月1日から呼称を「中部電力 MIRAI TOWER」(ちゅうぶでんりょくミライタワー)としている[4]

1954年昭和29年)に開業し、日本で最初に完成した集約電波塔である。ただし2016年(平成28年)以降は放送波の送信を行っていない(後述)。

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概要

この電波塔は1953年(昭和28年)9月19日、当時の町名であった栄町付近で着工された。現在建っている土地は当時の名古屋市助役だった田淵寿郎によって、復興のシンボルになるという理由で有償貸与されている[5]。専門分野ごとで7社もの会社が担当し、昼夜を通して工事が行われただけでなく、建設許可の際、将来「塔の直下に地下鉄を通す」ことを条件に建設が進められたため、4つの脚はわずか深さ6メートル程までしか埋め込まれておらず、将来行われる直下での地下鉄工事に備えるために4本の脚を鉄筋コンクリートのアーチで結合して固め、重心を下げる「だるま式構造」と呼ばれる工事も行われている[6][注 2]

1954年(昭和29年)6月19日竣工。翌20日に開業し、電波の発射を開始した。設計者は内藤多仲名駅地区を中心に超高層ビルが乱立する中でも、通称「名古屋のテレビ塔」「栄のテレビ塔」また単に「テレビ塔」とも呼ばれ、名古屋市中心部のシンボルとして親しまれている。

テレビ塔の建設費は、愛知県と名古屋市がそれぞれ2,000万円、名古屋鉄道などの名古屋の財界が4,000万円を出資している。さらにNHKが放送機材として4,000万円相当の鉄塔を現物で出資し、その方針に倣い中部日本放送(現・CBCテレビ)も同額で鉄塔を購入している。そのため、鉄塔にある展望台(90メートル)より上はNHK、それより下はCBCの持ち分になっている[5]

開業以来、NHK名古屋放送局総合3ch・Eテレ9ch)、CBCテレビ (5ch)、東海テレビ放送 (1ch)、名古屋テレビ放送(メーテレ/11ch)のVHF4局5波がここから地上アナログテレビの電波を送信していた[注 3]。いずれも2011年(平成23年)7月24日をもって、アナログ放送の終了に伴い停波した。

名古屋市中心部の繁華街に位置することなどもあり、一部放送局はお天気カメラを設置している。

2012年(平成24年)に名古屋市が主催した「第1回名古屋まちなみデザインセレクション」において、「セントラルブリッジから見た名古屋テレビ塔のライトアップ」が市民投票により1位に、その他にも「オアシス21『水の宇宙船』の上と、そこから見た名古屋テレビ塔」「名古屋テレビ塔とオアシス21」がまちなみデザイン20選(第1回)に選定された[8][9]

2022年、テレビ塔としては初めて重要文化財に指定されている[10][3]

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構造

要約
視点

高さは180.0メートル、総重量3,300トン。地上90メートルにスカイデッキ(旧称:展望台)、同100メートルに金網で囲まれたスカイバルコニー(雨ざらし。旧称:展望バルコン)がある。どちらからも名古屋市街はもちろん、御嶽山乗鞍岳中央アルプス白山伊吹山鈴鹿山脈、さらに条件が良ければ南アルプス上河内岳などの眺望が楽しめる(展望階は有料)[11]。3階にはレストランの他、娯楽コーナーや土産を販売するショップもある。

夜間にはライトアップが毎日日没30分前から深夜2時まで行われており、中でも特にセントラルパークからのレーザー光が目立つ。60周年のリニューアルに伴い2014年(平成26年)に設置されたLED照明によるライティング「煌」は、毎時0分に上から下へ、毎時30分に下から上へ、それぞれ光が流れるような仕組みになっている。

なお、地上デジタルテレビ放送はNHK・民放5局共に瀬戸市幡中町に新たに建設した瀬戸デジタルタワーを電波塔として利用している。その理由は既存の名古屋テレビ塔及び東山タワーが築50年及び30年以上経過しており、これらにデジタルテレビ用の送信アンテナを設置するには強度不足と判断されたためで、名古屋テレビ塔は2011年(平成23年)7月24日をもって電波塔としての役目を一旦終えた(東京タワーと違い、ラジオ局や業務無線のアンテナは設置されていない)。その後、2012年(平成24年)4月1日からスマートフォン向けマルチメディア放送の電波が送信され、再び電波塔としての役目を果たすことになったが、2016年6月30日をもって放送終了・停波している[12][13]

また、航空法51条及び51条の2により地上60メートル以上の塔や煙突は赤白塗装(昼間障害標識)が義務付けられているが、名古屋テレビ塔は同51条が制定される1960年以前に完成されたことや、名古屋テレビ塔株式会社初代社長の神野金之助の抵抗、最上部に航空障害灯を設置したことで切り抜けている。そのため、完成当初から銀色塗装となっている。テレビ塔は約7年おきに塗装の塗り替えを行っている。塗り替え費用は1回につき2億円で、下塗り2回・上塗り2回の計4回行う[6]。上塗りの際には5トンの塗料が使われている[6]

2006年(平成18年)に行われた大改装により、これまで3階に設置されていたレストラン、娯楽コーナーや土産を販売するショップはなくなり、現在はレストランが入っている。4階にはギャラリーが設置され、30メートルの高さからの景色は見られなくなっている。

最上階展望スペース(100メートル地点)からエレベーターホール(30メートル地点)までは外側に設置された階段で昇降できるようになっており、「スカイウォーキング」として毎月決まった日に一般に開放されている(2006年(平成18年)の改装以前は常時開放されていた)。

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歴史

要約
視点
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1961年ごろのテレビ塔

クライミング競争

1956年(昭和31年)6月24日に松下電工(現・パナソニック)主催で展望階段を利用したクライミング競争が行われ、60人が参加したが、途中で酸欠者、ゴール後に倒れ込んで嘔吐をする者が続出したため、医者からドクターストップがかかり、以降行われることはなかった。

そのクライミング競争で優勝したのは、当時21歳の青年だった近藤陽洲で[26]、後に彼は2010年(平成22年)にマレーシアクアラルンプールで行われたアジア・マスターズ陸上において、ハンマー投砲丸投円盤投やり投の4種目のいずれも75 - 79歳の部で優勝しており[26][27]、このうち砲丸投げに関しては2013年(平成25年)3月末時点で「M75クラス」における日本記録、そしてアジア記録の保持者となっている[28]。現在はモデルとしても活動している[29]

なお、前回から65年を経た2021年(令和3年)9月11日に「中部電力 MIRAI TOWER スカイラン」としてクライミング競争が行われた[注 9][30]

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アナログテレビ放送送信施設一覧

(過去)

さらに見る チャンネル, 放送局名 ...

放送対象地域はNHK名古屋総合が愛知県、教育が全国放送。CBC・THK・NBNは中京広域圏(東海3県)。

放送エリアは東海3県の愛知・岐阜三重の各県。また、受信感度は劣るものの、静岡県西部地方の一部(浜松市磐田市など)にも届いていたことがあった。また、岐阜県飛騨市の流葉地区にある神岡流葉中継局が140キロメートル以上離れているテレビ塔から放送波を直接受信してUHF波に変換していた[注 11]

アンテナ設置当時、NHK総合とCBCとでどちらが最上部に設置するのかで係争になった経緯がある。アナログのテレビ放送は周波数の高い方が波長が短くなり、アンテナの構造も軽くなることから、本来ならば5チャンネルを取得したCBCが上、3チャンネルで実験放送をしていたNHK総合が下になるはずだが、NHKはテレビ塔建設をリードしたことを理由にCBCが上になることを譲らなかった。そのため神野は当時CBC常務でテレビ塔設立委員でもあった小嶋源作を設立委員から外し、NHK総合が最上部・CBCがその下になることを一気に決めたとされる。以上の経緯から、CBCは強度のあるアンテナを開発せざるを得なくなり、設計面では円柱から四角柱への変更、さらに技術的な面では電波の死角をなくすための対策などの苦労を重ねた末、国産第1号のアンテナの開発に成功している[31]。このアンテナ係争によって最上部がスマートでなくなってしまったため、設計者の内藤は「君らは何でもかんでもくっつけて…」とおかんむりだったという[31]

全局が2011年(平成23年)7月24日に停波、同日をもって全て廃止された。

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マルチメディア放送送信設備

(過去) アナログ放送終了後、しばらく停波していたが、アナログ用の送信設備を外し、新たにジャパン・モバイルキャスティングを基幹会社としたスマートフォン向けのマルチメディア放送のアンテナを据え付け、mmbiNOTTVが2012年(平成24年)4月1日より放送を開始した。なお、NOTTVは2016年(平成28年)6月30日にサービスを終了した。

さらに見る 周波数(MHz)!!放送局名!!空中線電力!!ERP!!放送区域!!放送区域 内世帯数!!開局日, 214.714286 ...

展望台料金

いずれも大人料金(高校生以上)

現在

  • 1,300円(2022年12月1日 - )[33]

過去

  • 1954年 - 1967年:50円[注 13] - 2014年(平成26年)6月20日の開業60周年の時もこの料金だった。
  • 1967年 - 1978年:100円
  • 1978年 - 1997年:400円
  • 1997年 - 2006年:750円
  • 2006年 - 2014年:600円(テレビ塔の歴史の中で初めて値下げされている)
  • 2014年 - 2019年:700円(2016年は期間限定で料金変動あり)
  • 2020年 - 2022年:900円

存廃問題

要約
視点

名古屋テレビ塔は、2011年(平成23年)7月24日のアナログテレビ放送終了に伴い、電波塔としての役割を一旦終えた。地デジ化によるアナログ放送の停波後は(2011年(平成23年)までの)年間3億円の収入のうち、約3割に当たるテレビ局のアンテナ設置料などの収入1億円が入らなくなることや[5]、現・名古屋テレビ塔株式会社社長の大澤が就任した2003年(平成15年)には名古屋テレビ塔株式会社は倒産寸前だったこと[5] から、厳しい運営状況に陥ることが予想されていた。

さらなる収入確保のために、アナログ放送機器スペースを撤去することで生じるスペースを飲食店や物販店へと転換するリニューアル計画(2011年(平成23年)夏の着工、2013年(平成25年)の完了の目標)を策定した。事業費の35億円のうち、耐震改修費の15億円は「民間での資金調達では限界」という理由で出資者である愛知県と名古屋市に対して公的支援を求めた。同市は「税金(公的支援)投入は市民の理解が必要」として回答せず、2011年(平成23年)6月16日の会社役員会の際は基本計画の延長及び規模の見直しを求めた。名古屋テレビ塔株式会社常務の若山宏常は「(この計画が承認されない場合、)行政・市民の支えがなければ存続は難しく、解体もあり得る」と発言している[34]。なお、テレビ塔が解体されると仮定した場合、14億円かかるとされた[35]

最終的に出資者(株主)である名古屋市の河村たかし市長は2011年(平成23年)6月の定例議会で存続することを明言し「市長としてテレビ塔を取り壊すつもりはない。久屋大通公園を含め、名古屋のシンボルとして大いに盛り上げていきたい」と発言した。しかし公的資金の投入に対しては否定的で、民間の買い上げを望んでいる。また「テレビ塔を学生にプレゼントし、周辺の道路を閉鎖して毎週学園祭を行えばいい。」とも発言している[36]

当時、テレビ塔の次回の塗り替え(2012年〈平成24年〉の予定)が迫っており、アナログ放送終了後の収入が不明瞭な点と存廃問題で行われるか否か不明であったが[6]、同年4月1日から開始のマルチメディア放送の送信所として、再び活用されることとなった[37]

同年12月20日、名古屋市に本社があるポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社などは、テレビ塔の耐震改修工事費用を支援するための清涼飲料水自動販売機を展望階に設置した。利益の一部がテレビ塔に寄付される他、飲料を買わずに寄付することのみも受け付けている。この自動販売機はテレビ塔以外でも設置されている[38][39]

2019年(平成31年)1月7日には耐震工事及び抜本的なリニューアルのために休業し、内部にはホテル施設も設営されることから「テレビ塔」からの改称も検討された。2020年(令和2年)7月にリニューアルオープンする予定であった[22][23]。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響により工事が遅れ、オープンは同年9月18日となった[25]

全面改装に合わせて、同年9月1日に新設されたホテルの名称は「ザ タワーホテル名古屋」と決まり、2階にレストランやカフェ、3階にカフェや土産店、VRのシアターが入り[40]、4階に30平方メートルの一般客室が13室と高級レストラン、5階に約80平方メートルのスイートルームが2室、60平方メートル超のフィットネスジムが入る。スイートルームはウッドデッキテラスを備え、4階の一般客室の装飾や照明にも有松絞や名古屋友禅を取り入れられている。2階に披露宴やセミナーに使えるバンケットルーム、1階のカフェのみ7月から営業を開始した[41]

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他のタワー(電波塔)との比較

名古屋テレビ塔が登場する作品

下記の3本はいずれもモスラに関する映画[42]

ギャラリー

名古屋テレビ塔株式会社

概要 種類, 市場情報 ...

名古屋テレビ塔株式会社とは、愛知県名古屋市中区に本社を置く第三セクター企業である。1953年(昭和28年)7月1日に設立された。

名古屋テレビ塔の管理・運営やイベントの開催、土産品などの販売を行っている。

概要

  • 商号:名古屋テレビ塔株式会社(英文社名: Nagoya TV Tower Corporation.)
  • 設立:1953年7月1日
  • 代表取締役社長:大澤和宏
  • 資本金:8,000万円
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その他

名古屋テレビ放送(NBN・メーテレ)は開局当初から中区名古屋市営地下鉄名城線東別院駅前にある局舎に移るまで、テレビ塔の一室を借りて放送していた[15]

後に開局した東海テレビ放送(THK)が中部日本放送(現・CBC-TV)の送信所で研修を受けたという逸話がある。また、日本初の集約電波塔という側面があるため、NHK・CBC・東海3局の仲は良好だったという。この際に生まれた共有精神が、名古屋の地上波のテレビ局・ラジオ局の合同番組やイベントに生かされているという側面も持っているとされる[19][注 14]

2020年(令和2年)に新型コロナウイルス感染症蔓延した際には、夜間のライトアップを信号機の色に見立ててオレンジ(注意)にしたり、感染者数が多くなった場合は赤(危険)にするなどの演出を行った。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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