いっこく堂(いっこくどう、1963年5月27日[1] - )は、腹話術師である「いっこく」と腹話術人形によるチーム名をさす名称である。
概要 たまき いっこく 玉城 一石, 生年月日 ...
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概要 YouTube, チャンネル ...
YouTube |
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チャンネル |
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活動期間 |
2016年 - |
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ジャンル |
エンターテイメント |
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登録者数 |
8970人 |
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総再生回数 |
48万4400回 |
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チャンネル登録者数・総再生回数は 000000002023-12-02-00002023年12月2日時点。 |
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人形
使用する人形の種類は様々で、人形によって声を変えている。下記の他に、いっこく自らを人形にしたものもある。
- ジョージ(吉助氏)
- 中年男性を模した人形。吉祥寺出身の恥ずかしがり屋という設定。
- サトル(サトル・シアトル・トンデール)
- 鳥の人形。二種類の顔がある。
- スカーレット
- ダン(ダン・ヤマト)
- 欧米人風の顔をした人形。人形の中ではもっとも実際の人間に近い顔であるが登場回数は多くない。
- オペーラ(オペーラ・にんげん・ジャ・ねえ)
- クマを模した人形。
- アインストーン
- アルベルト・アインシュタインのパロディー。ビーカーでビールを飲む癖がある。
- カルロス(カルロス・セニョール・田五作)
- 薄毛の中年男性風。ボリビア出身。最初に制作された人形である。
- さるのすけ(五川猿の助)
- サルがモチーフ。
- サトリ(サトリ・トットリ・トンデール)
- 鶏がモチーフ。サトルの叔母という設定。
- 師匠
- いっこくより100歳年上(1863年5月27日生まれで161歳)の老人。姓が師、名が匠という設定。
- にんげん日本史ではいっこくと共に進行役を務めた。
- ブーちゃん
- 豚がモチーフ
- カンちゃん
- マイク
- 博士
- 近年主にテレビに出るときは師匠、サトル、ジョージと共演することが多い。
- 上記を含め30体ほどの相方がいる。
腹話術関連
- 片手あるいは両手に人形を持って腹話術をする。たまにコップなどを使って腹話術をすることもある。
- 歯が1本欠けているので声が歯の隙間から出るため、顎を全く動かさずに声を出すことが可能である。
- 口の動きと発声をずらす「時間差芸」を開発した。
- 英語も堪能で、アメリカ公演も行った他、スキャットマンで腹話術も可能。
- 「腹話術 = 高音」というイメージを破る自在な声と地声での腹話術の喋りは、毎日鏡に向かい練習した賜物。時には口を切り血まみれになることもあった。
- 腹話術界で長らく不可能とされてきた「パ行(無声両唇破裂音)を出す」ことに成功し、音声学の常識を覆した[要検証 – ノート]。破裂音を発する際に必要な下唇の代わりに舌を使う[5]。「舌で(パ行を)できるかなと思ったのは腹話術を始めて3年目、それから練習して4年かかっている」と答えている[6]。
- 舞台公演等で通常ならマイクを用いて声を拡声させるが、マイクを一切使わない舞台公演を行ったこともある。
- 2010年に放送された『奇跡ゲッター ブットバース!!』の中で、板東英二の声だけは腹話術でものまね出来ないと語っている。
- 2001年に放送された『課外授業 ようこそ先輩』の中で、母校である沖縄市立中の町小学校の後輩たちと一緒に腹話術を披露している。この放送では、「腹話術で主張 いつもは言えないこと」と題して、母校の後輩たちが手作りの人形で腹話術を行い、最後は師匠の「はい、写真」で閉めるという形をとった。
- 2011年以降、『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』にレギュラー出演して腹話術とものまねのコラボ芸を披露しており、コロッケは自分には出来ない芸で会うたびにネタが増えていると絶賛している。
- 劇団民藝を退団して独自の芸風を模索していた時期にテレビで見た腹話術を思い出し、図書館で黎明書房「だれにもできる腹話術」を借りて独学で身につけた[5]。(中学野球部で集団無視され人生に絶望していた時期に、テレビで婦人警官の腹話術を見たことで希望を見出し、習得のため人形の入手先を警察に尋ねたほどであったが結局手に入らず断念していた[7])
その他
- 1968年からは当時アメリカ施政権下の沖縄・コザ市(現在の沖縄市)に転居したため、1970年12月に発生したコザ暴動を目撃している。朝6時に兄に起こされ、外に出てみたら、琉球住民が日本の機動隊に対して、石や瓶などを投げつけていたため、「アメリカ人が起こした事故なのに、日本人に怒っている。なんなんだろうなと思った」と後に振り返っている。なお、この暴動の影響でアメリカ軍(米軍)兵士に対して夜間の外出禁止令が出されたため、人出が少なくなり、当時両親が米軍兵士向けに歓楽街にて販売していたサンドウィッチショップが潰れたことを明らかにしている[2]。
- 高校時代に内気な性格を克服するために先生のモノマネを披露して注目を浴び、朝礼などの全校集会の前説を担当するようになる[7]。
- フジテレビ「笑ってる場合ですよ!」のコーナー「ザ・ぼんちの物まねグランプリ」でグランドチャンピオンになったことがきっかけで芸人の道へ進むが、役者への道が諦めきれず、22才のときに劇団民藝に参加するも伸び悩み、米倉斉加年のアドバイスに従いピン芸人を目指して退団する[7]。
- 劇団民藝で教えを受けた米倉を「人生の師」と仰ぐ。
- マネージャーは、小久保裕紀の弟で、智辯和歌山高校で甲子園に出場している。
- 滝沢カレンが弟子入りし、腹話術を学ぶ。
テレビ東京で2007年9月21日に放送された企画番組『大和魂』のなかで、日本の有名人が海外で自らの得意技を披露することになった。この時いっこくは中国の番組『蒂花之秀 超級明星』に出演し、発音が難しい中国語で腹話術を披露している。なお、この時彼の年齢が47歳と紹介されたが、正しくは44歳であった。また、出演する直前「ALA中国語会話教室」にて個人レッスンを受けている。
この時の対戦相手は次のよう人たちであった。
- シ・シェンゲン(石生根) - 山奥から30時間掛けて会場まで来た口笛名人。いっこくと一緒に食事をするほどの自信家だったが、予選で敗退。
- ジュ・ジェン - ピアノ王子と称された。
- ジョウ・ファン - 創作手品師。
- チェン・シェンピン - 対戦相手では唯一の女性。回転しながら様々なことをこなした。
- ラン・グアンピン - 前回の王者。バケツを載せたテーブルを口でくわえながら缶の上に置いた板に乗るなどの演技を見せた。
いっこくは予選で審査員全員を魅了することに成功し、予選を突破。さらにランの防衛戦にも勝ったため、この日の放送では優勝を果たした。なお、この番組の中でいっこくは「人間の証明のテーマ」と「世界に一つだけの花」を歌っており、腹話術で歌えることも証明した。
CM
- 株式会社 神明「うん目ぇ〜の歌」篇、「神明meetsいっこく堂」篇(2012年10月1日 - ) - web限定CM
DVD
- いっこく堂 世界で1つのショータイム
- いっこまでイッコク〜
VHS
- ボイス・イリュージョンいっこく堂(2000年3月17日)ポニーキャニオン PCVG-10667