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いてまえ打線

大阪近鉄バファローズの打線に付いた愛称 ウィキペディアから

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いてまえ打線(いてまえだせん)とは、大阪近鉄バファローズ打線に付いた愛称である。

概要

「いてまえ」とは大阪弁で「やっちまえ」を意味し、打線の雰囲気と地域性を同時に表すネーミングである。

この名称は、近鉄選手が相手投手を打ち込んだ際に近鉄応援団が「いてまえ〜」と掛け声をしていたことに由来し、西本幸雄監督のもとでリーグ初優勝する1979年頃に、ファンの間で自然発生的したものであると、当時の応援団長佐野正幸が書籍に綴っている[1]。その後、1990年代前半にマスコミの間でも広く浸透[2]し、2004年の近鉄球団消滅まで使われ続けた。

そのため「いてまえ打線」と言えば特定の布陣を指し示すものではなく、メンバーは年度によって異なる。なお、応援団は掛け声だけでなく、スタンドに「豪打いてまえ猛牛打線」の横断幕を掲げ、親会社の近鉄本社と資本関係でつながるテレビ朝日[3]の『暴れん坊将軍』のオープニング曲を使ったチャンステーマの歌詞にも織り込んでいた。

近鉄は長年、クリーンナップの長打力を重視した布陣を敷くことが多く、チーム本塁打数200本以上を3度(1980年1985年2001年)記録している。特に2001年時はチーム防御率がリーグ最低にもかかわらず、打線の力でチームをリーグ優勝に導いた。しかし、ただ本塁打を重視するのではなく、1番打者には俊足の選手を、2番打者には巧打の選手を必ず置いており、「いてまえ打線」の真骨頂はクリーンナップによる本塁打のみではなく、集中打による得点と、クリーンナップ以外の打者による効果的な本塁打であるとする近鉄ファンは多い。

ただし、1992年1994年頃のいてまえ打線はラルフ・ブライアント石井浩郎らの長打力に、大石大二郎大島公一1996年オリックスへ移籍)を中心とした機動力をミックスして得点を挙げていたが、2001年〜2002年には、ほとんど機動力に頼らず、タフィ・ローズ中村紀洋らを中心とした長打力で得点を挙げることが多く、時代によって多少毛色が異なっている。

また1980年代半ばから球団消滅まで、近鉄は捕手について1名を正捕手として固定起用せず、ありなしコンビに象徴されるように2名あるいは3名の併用とし続けていた(打撃、守備それぞれで突出した存在がいなかった)ために、「いてまえ打線」において捕手は下位打線を打つのが基本である。

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布陣

要約
視点

太字はリーグトップ

1979年

ファンの間で「いてまえ打線」と呼ばれ始めたとされる年(先述参照)。球団史上初のリーグ優勝を果たした。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.285(リーグ1位)
    • 本塁打195本(リーグ1位)
    • 得点672(リーグ2位)
    • 盗塁140(リーグ3位)

1980年

2年連続のリーグ優勝を果たした。この年のチーム打率・本塁打数・得点数・打点数が近鉄バファローズとしての球団記録である。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.290(当時パ・リーグ新記録[4]
    • 出塁率.363[5]
    • 長打率.501
    • OPS.864(プロ野球記録
    • 本塁打239本(当時プロ野球新記録、前後期65試合ずつ、合計130試合制での達成。現在はパ・リーグ記録[6]
    • 得点791(当時パ・リーグ新記録、130試合制での達成。[7]
    • 盗塁85(リーグ4位)

1981年

主砲のマニエルがヤクルトに復帰したのに加え、現有勢力が軒並み数字を落とし、前年から一転して最下位となる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.253(リーグ最下位)
    • 本塁打149本(リーグ1位)
    • 得点557(リーグ5位)
    • 盗塁121(リーグ2位)

1982年

入団2年目の大石が二塁に定着。栗橋と羽田が復調し、打棒復活の兆しを見せる。一方、佐々木恭介はこの年限りで現役を引退した。シーズン順位は3位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.258(リーグ3位)
    • 本塁打151本(リーグ1位)
    • 得点594(リーグ2位)
    • 盗塁126(リーグ2位)

1983年

外国人選手がいずれもシーズン通しての活躍ができず、再び得点力が低下。シーズン順位は4位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.262(リーグ最下位)
    • 本塁打134本(リーグ4位)
    • 得点581(リーグ3位)
    • 盗塁139(リーグ2位)

1984年

広島から加藤英司が移籍し、鳴り物入りで新外国人2名が加入。ところがその新外国人が2名とも途中退団という事態に見舞われるが、代役として途中入団したデービスが4番に定着を果たす。シーズン順位は4位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.257(リーグ5位)
    • 本塁打174本(リーグ1位)
    • 得点609(リーグ4位)
    • 盗塁91(リーグ5位)

1985年

前年加入のデービスの活躍に加え、村上の台頭やバンボの加入もありチーム200本塁打を記録するが、投手陣が崩壊し3位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.272(リーグ3位)
    • 本塁打212本(リーグ1位)
    • 得点678(リーグ3位)
    • 盗塁71(リーグ5位)

1986年

加藤、有田が移籍でチームを去る一方、新井と淡口が加入。加えて金村の台頭もあり前半は首位を走るが、後半西武との争いに敗れ2位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.271(リーグ4位)
    • 本塁打183本(リーグ2位)
    • 得点611(リーグ4位)
    • 盗塁56(リーグ最下位)

1987年

オグリビーが加入し、新井が首位打者を獲得するが、終盤にデービスが長期離脱したうえ、新井や鈴木を除いた日本人選手が軒並み数字を落とし、投手陣の崩壊も相まって最下位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.270(リーグ2位)
    • 本塁打135本(リーグ3位)
    • 得点528(リーグ3位)
    • 盗塁81(リーグ3位)

1988年

主砲のデービスが不祥事により途中退団。得点力低下が懸念されたが、中日から移籍のブライアントがブレイク。後半戦に西武を猛追し「10.19」へともつれ込むが、最終戦で力尽き2位となる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.253(リーグ5位)
    • 本塁打154本(リーグ3位)
    • 得点515(リーグ4位)
    • 盗塁46(リーグ5位)

1989年

9年ぶり、3度目のリーグ優勝を果たしたときの布陣。なお、ブライアントはこの年だけで1試合3本塁打を4回記録した。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.261(リーグ5位)
    • 本塁打157本(リーグ3位)
    • 得点606(リーグ4位)
    • 盗塁45(リーグ最下位)

1990年

トレーバーや石井の加入で打線は厚みを増すが、野茂英雄を除いた先発投手陣が振るわず、3位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.275(リーグ1位)
    • 本塁打181本(リーグ2位)
    • 得点678(リーグ2位)
    • 盗塁67(リーグ5位)

1991年

球団新記録の77勝を挙げ一時は首位に立つも、終盤西武との優勝争いに敗れ2位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.265(リーグ2位)
    • 本塁打157本(リーグ1位)
    • 得点592(リーグ2位)
    • 盗塁62(リーグ5位)

1992年

この頃から「いてまえ打線」の名称がマスコミでも広く使われるようになった。トレーバーが退団したもののブライアントが復帰し、石井が4番に定着した。シーズン順位は2位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.247(リーグ5位)
    • 本塁打155本(リーグ2位)
    • 得点580(リーグ2位)
    • 盗塁112(リーグ3位)

1993年

1993年6月5日のダイエー戦で9回裏に一挙7点をとって逆転サヨナラ勝ち。最終回での6点差逆転は日本記録。なお、この年は外野手の規定打席到達者なし。シーズン順位は4位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.258(リーグ3位)
    • 本塁打145本(リーグ1位)
    • 得点562(リーグ1位)
    • 盗塁124(リーグ2位)

1994年

打線の爆発により7月26日から8月10日にかけて球団記録の13連勝(引き分けを挟む)を記録。シーズン順位は2位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.274(リーグ4位)
    • 本塁打169本(リーグ1位)
    • 得点701(リーグ1位)
    • 盗塁75(リーグ3位)

1995年

6月にブライアントと石井が戦線を離脱、安定したオーダーが組めず貧打に苦しんだシーズン。4月から下位になり、7月には最下位転落。そのままシーズン終了まで最下位だった。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.234(リーグ最下位)
    • 本塁打105本(リーグ3位)
    • 得点457(リーグ最下位)
    • 盗塁65(リーグ最下位)

1996年

石井が2年連続で長期離脱となった一方、ローズとC・D、山本の加入に加えて、中村が成長したことにより打棒が復活。8月まで3位と善戦していたが、9月に入って調子を落とし、4位に終わる。なお、石井浩郎はこのシーズンを最後に巨人へトレード移籍。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.255(リーグ4位)
    • 本塁打146本(リーグ1位)
    • 得点555(リーグ2位)
    • 盗塁76(リーグ3位)

1997年

1997年8月24日のロッテ戦でプロ野球史上3度目の10点差逆転勝利を記録。この日を境にチームは最下位争いを脱出し、最終的には3位に浮上した。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.274(リーグ2位)
    • 本塁打112本(リーグ3位)
    • 得点603(リーグ2位)
    • 盗塁112(リーグ3位)

1998年

9月初めまでチームは優勝争いを繰り広げていたが、先発投手陣が安定しないためいまいち波に乗れず、最終的に借金1でリーグ5位。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.267(リーグ3位)
    • 本塁打126本(リーグ3位)
    • 得点593(リーグ2位)
    • 盗塁80(リーグ4位タイ)

1999年

5試合連続2桁失点のワースト記録を樹立するなど投手陣崩壊のためチームは最下位であったが、ともにプロ野球史上初となるリーグ最下位チームからのベストナイン3人選出、本塁打・打点の二冠王誕生を記録した。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.257(リーグ5位)
    • 本塁打151本(リーグ1位)
    • 得点595(リーグ3位)
    • 盗塁73(リーグ3位)

2000年

梨田昌孝監督の1年目のシーズン。4月から下位に低迷し、7月には最下位転落。その後も調子を落とし続け、2年連続の最下位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.262(リーグ3位)
    • 本塁打125本(リーグ3位)
    • 得点612(リーグ最下位)
    • 盗塁68(リーグ5位)

2001年

12年ぶり4度目のリーグ優勝を果たしたときの布陣。なお、3番ローズ、4番中村の「二人で合計101本塁打」はプロ野球史上初。前年には梨田監督が機動力を向上させての得点力アップを図ったが、「いろいろ動かれたのでは打ちにくい」と主力選手から不満が出たため、この年からチーム盗塁数が激減した。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.280(リーグ1位)
    • 出塁率.363(リーグ1位)[13]
    • 長打率.468(リーグ1位)
    • 本塁打211本(リーグ1位)
    • 得点770(リーグ1位)
    • 盗塁35(リーグ最下位)
    • チーム防御率リーグ最下位での優勝は史上初。なお、チーム防御率4.98は優勝チームのワースト記録。

2002年

エースの前川勝彦や礒部、日本ハムから移籍のウィルソンの不振により、2位に終わる。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.258(リーグ3位)
    • 本塁打177本(リーグ2位)
    • 得点598(リーグ3位)
    • 盗塁32(リーグ最下位)

2003年

中村が残留するも、ケガの影響で不振に陥り、チームも3位に終わる。前年までとは打って変わって盗塁が増加した。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.274(リーグ3位)
    • 本塁打187本(リーグ2位)
    • 得点718(リーグ2位)
    • 盗塁83(リーグ4位)

2004年

ローズが巨人に移籍し、得点力は大幅に低下。近鉄最後のシーズンはリーグ5位に終わった。
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  • 主なチーム記録
    • 打率.269(リーグ5位)
    • 本塁打121本(リーグ5位)
    • 得点630(リーグ5位)
    • 盗塁59(リーグ4位)
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脚注

関連項目

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