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園部町佐切
京都府南丹市の地名 ウィキペディアから
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園部町佐切(そのべちょうさぎり)は、京都府南丹市園部町川辺地区にある地名。
本項では現在の地名について園部町佐切、または佐切村として記述する。
地理
佐切は、園部町の東端に位置し、北は園部町越方や日吉町、東は八木町船枝と隣接している。西は東南に蛇行する桂川(大堰川)を境に園部町大戸・高屋・熊原がある。大堰川に沿ってわずかに耕地がある。
小字
南丹市が公示している園部町佐切の小字は次の通りである[6]。
- 神ノ谷(かみのたに)
- カラカラ
- 神崎(かんざき)
- 城ケ谷(しろがだに)
- スキノ崎(すきのさき)
- 谷口(たにぐち)
- 谷ノ奥(たにのおく)
- 殿田(とのだ)
- 西垣内(にしがきうち)
- 東垣内(ひがしかきうち)
- 坊ケ谷(ぼうがだに)
- 細ケ谷(ほそがだに)
- 若立(わかだち)
河川
- 桂川(大堰川) – 一級河川
人口と世帯数
以下は、南丹市住民記録による人口と世帯[3]。
人口の変遷
以下は、国勢調査による小地域集計が始まった1995年以降の人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 86人 | [7] | |
| 2000年(平成12年) | 88人 | [8] | |
| 2005年(平成17年) | 77人 | [9] | |
| 2010年(平成22年) | 75人 | [10] | |
| 2015年(平成27年) | 64人 | [11] | |
| 2020年(令和2年) | 58人 | [12] |
世帯数の変遷
以下は、国勢調査による小地域集計が始まった1995年以降の世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 20世帯 | [7] | |
| 2000年(平成12年) | 20世帯 | [8] | |
| 2005年(平成17年) | 22世帯 | [9] | |
| 2010年(平成22年) | 23世帯 | [10] | |
| 2015年(平成27年) | 22世帯 | [11] | |
| 2020年(令和2年) | 21世帯 | [12] |
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歴史
佐切村と越方村は江戸時代、仙洞御料所であった[13][14]。
沿革
地名の由来
この節の加筆が望まれています。 |
伝承
玉泉寺の金像
大同年間(806~810)、川辺村に小野胤世という勇猛な猟師の男がいた。越方の桂ヶ谷の方向に何年か前より一日も休むことなく法華経を唱える声が聞こえ、光明を放っていた。ある時、胤世は桂ヶ谷に仙人がいるという噂を聞き、真偽を確かめるため山に登って現れるのを待つことにした。そして深夜に至り、どこからか法華経を読む声が聞こえて来たが、声の正体を見つけることは出来なかった。すると突然、金の輪に似た光るものが現れたので、矢を射かけてから近づくと、そこには光り輝く三寸三分(約10cm)の金像が土の中より現れ、肌が温かい。力持ちの胤世であったが、金像は重くて動かすことができず、胤世はその場所に一間四方(約3.3㎡)のお堂を建てて祀った。
この不思議な話が丹波国守の藤原定房の耳に入り、同地に五間四方(約16.5m2)のお堂を建立し、瑞光山玉泉寺と称した。898年(昌泰元年)、奈良の興福寺の覚如上人が奈良春日大社の分霊をたづさえ来り、佐切の産土神として春日神社を祀り、玉泉寺に隠居し、第六世和尚として住んだ。910年(延喜10年)3月大講堂の土を起こし、9月に竣工をみたといわれている[15]。
その後、梅嶺という住職の時代に玉泉寺で火事が起こったが、金像は猛火の中から飛び上がり、榧の木に留まって難を逃れたという[16]。 1886年(明治19年)には盗賊が金像を盗もうとしたが、やはり重くて持ち出せなかったという話も伝えられている[16]。
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交通
道路
- 府道
- 市道
- 南丹市道佐切高屋線
- 南丹市道佐切熊原線
- 南丹市道佐切線
跨川橋
- 川辺大橋(市道佐切高屋線)[17]
- 河川:桂川
- 架設:1978年度
- 橋長:111.9m
- 径間:5
- 幅員:7.7 m
- 平成橋(市道佐切熊原線)[17]
- 河川:桂川
- 架設:1989年度
- 橋長:137.5 m
- 径間:5
- 幅員:6 m
- 無名(39号)橋(市道佐切線)[17]
- 架設:1970年度
- 橋長:3.4 m
- 径間:1
- 幅員:2.4 m
路線バス
ぐるりんバス – 30系統 摩気スクール・園部東部線
- 佐切公民館前バス停[18]
鉄道
最寄りの駅は次の通り。
有料道路
最寄りの乗り降り口は次の通り。
- 西日本高速道路(NEXCO西日本)
空港
近隣(片道2時間以内)の空港は以下の通り。
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校区
- 小学校
- 南丹市立園部第二小学校[19] – 通称「園小」。園部町小桜町
- スクールバスによる通学
- 放課後児童クラブ
- 園部たんぽぽ放課後児童クラブ[20] – 園部町小桜町
- 中学校
- 南丹市立園部中学校 [19] – 通称「園中」。園部町横田
- 京都府立園部高等学校・附属中学校 – 略称「付属中」。園部町小桜町
- 高等学校(口丹通学圏[21])
- 京都府立園部高等学校 – 園部町小桜町
- 京都府立農芸高等学校 – 園部町南大谷
- 京都府立須知高等学校 – 京丹波町豊田
- 京都府立北桑田高等学校 – 右京区京北
- 京都府立北桑田高等学校美山分校 – 美山町上平屋
- 京都府立南丹高等学校 – 亀岡市 馬路町
- 京都府立亀岡高等学校 – 亀岡市横町
施設等
- 集会施設
- 佐切区公民館 – 佐切殿田
- 公園・スポーツ施設
- 佐切広場[22]
- 面積0 .07ha
- 防災
- 佐切警報局
社寺
玉泉寺
- 玉泉寺(ぎょくせんじ)は佐切城ケ谷にある寺院で、船井ごおり三十三ヶ所観音霊場の33番札所である。山号は瑞光山。天台宗を経て禅宗となり、江戸時代に黄檗宗(臨済宗黄檗派)となったが、その後、単立の寺になった。1688年(貞享5年)に本堂が改築された記録がある[23]。現在は廃寺。起こりの詳細は#玉泉寺の金像を参照。
ご詠歌 “かげきよき玉のいづみの寺なれば ぼさつもここにありあけの月”
燈明のご詠歌“世をてらす仏のちかひありければ まだともしみもきえぬなりけり”
笈摺のご詠歌“ふたよまでひとへにたのむおひずるを 船井ごほりをめぐりをさむる”
春日神社
佐切にある春日神社の祭神は玉泉寺(佐切城ケ谷)にあり、武甕槌命、経津主命、天児屋命、比売神の春日四柱。898年(昌泰元年)に玉泉寺の第六世・覚如上人が佐切の産土として春日大社の分霊を祀ったのが始まりとされている。
史跡
佐切城跡
佐切城は、松田太郎左衛門を城主とし、玉泉寺を拠点として川を掌握していた中世の城である[24]。
文化財等
生活
上下水道
NTT固定電話
同じ南丹市内であっても、園部MAの園部町佐切と、亀岡MAの八木町地区の相互通話には、市外局番 (0771)が必要である[5]。
日本郵便
電気
- 一般送配電事業者 – 関西電力送配電株式会社
- 交流電気の周波数 – 60Hz
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防災
防災行政無線
災害情報や行政情報などを、音声で伝える通信設備。家庭などに設置している「戸別受信機」と旧川辺小学校などにある「屋外拡声子局」から音声が発せられる。区などに貸し出されている「地区遠隔制御装置」からも集落内放送ができる。
毎日12時と17時には、動作確認として時報音楽(ミュージックチャイム)が流される。12時がエーデルワイス、17時が夕焼小焼[31]。
サイレン吹鳴
火災時にサイレン吹鳴がある。佐切では毎月1日21時、動作確認と火災予防啓発のため、サイレン吹鳴が実施される。そのほか、春と秋の火災予防週間にも鳴らされる。
- 火災時
- 毎月1日21時
- 春の火災予防週間:3月1日~7日
- 秋の火災予防週間:11月9日~15日
警報局
洪水で日吉ダムが放流を行う場合、警報局や警報車などによるサイレンや放送によって一般に周知が行われる[32]。警報局は日吉ダムから園部川の合流地点までの区間に16ヵ所設置され、うち佐切区間の設置場所は佐切警報局の1カ所[33]。
避難所
- 収容避難所
- 一時避難所
- 佐切区公民館 – 佐切殿田[34]
- 臨時避難所
- 子育て発達支援センター – 園部町船岡[34]
消防署及び消防団
- 京都中部広域消防組合管轄区域
- 最寄りは園部消防署(上木崎町大将軍)
- 南丹市消防団園部支団第3分団第2部第3班(佐切・越方班)の活動区域[35][36]
脚注
関連項目
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