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静岡鉄道静岡清水線

静岡県静岡市葵区と清水区を結ぶ静岡鉄道の鉄道路線 ウィキペディアから

静岡鉄道静岡清水線
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静岡清水線(しずおかしみずせん)は、静岡県静岡市葵区新静岡駅と、同市清水区新清水駅を結ぶ静岡鉄道(静鉄)の鉄道路線である。静岡鉄道の現有唯一の路線であり、単に「静鉄電車(しずてつでんしゃ)」とも称される。

概要 静岡清水線, 概要 ...
さらに見る 停車場・施設・接続路線 ...

ほぼ全線に渡って、東海旅客鉄道(JR東海)の東海道本線東海道線静岡駅 - 清水駅間と並走している。

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路線データ

運行形態

要約
視点

全列車2両編成ワンマン運転となっている。平日は朝ラッシュ時間帯に最大1時間11本、土曜休日の終日と平日の昼間は8分間隔の高頻度運転を行っており、昼間の列車は新静岡 - 新清水間を23分で結んでいる[2]。新静岡 - 新清水間の全線通し運転が基本であるが、長沼駅の北側に隣接して長沼車庫(静岡鉄道では鉄道運転所と称する)があるため、朝夕ラッシュ時の前後には出入庫運用の区間列車が設定されている。

ワンマン運転は列車内で乗車整理券を発行せず、駅で運賃を収受する都市型ワンマン運転を行っており、駅ではホーム側の全てのドアが開く。

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急行

2025年(令和7年)3月29日のダイヤ改定において、5年ぶりに平日朝に急行が復活した[3]。新静岡駅6時50分発から15分間隔で3本が設定されており、県総合運動場駅で普通列車を追い抜くダイヤとなっている[3]

急行は過去にも設定されていた。1958年昭和33年)から1996年(平成8年)まで設定されていた急行は、日中も運転され、運動場前駅(現・県総合運動場駅)で先発の普通列車を追い抜く運転も行われていた[1] が、1985年(昭和60年)からは通過駅の乗車機会向上のため各駅に停車する普通が増発され、急行運転は平日の朝夕のみとなった。その後急行は1996年(平成8年)4月1日のダイヤ改正で廃止され[1]、定期列車はすべて普通列車のみで運行されていた。停車駅は、新静岡・音羽町・古庄・草薙・御門台・狐ヶ崎・桜橋・新清水であった。

2011年平成23年)10月1日のダイヤ改正で、15年ぶりに急行が復活し、平日朝に新清水行きが運行されていた。停車駅は、新静岡・県総合運動場・草薙・御門台・狐ヶ崎・桜橋・新清水。いずれも乗降客が多い駅である[4]。その反面、利用客の少ない県立美術館前駅と入江岡駅は区間運転の普通列車が運行しない区間の駅であるにもかかわらず急行は通過となり、朝ラッシュ時は実質減便となった。なお、急行列車が先行する普通列車を追い抜くことはないが、県総合運動場駅で新静岡発県総合運動場行の区間列車から接続していた。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の影響による利用者減のため、2020年4月13日から運休となり、2021年10月10日のダイヤ改定で再度時刻表から削除された[5]

通勤急行

2011年10月1日のダイヤ改正で新設され、平日朝に新静岡行きが運行されていたが、急行と同じく2020年の運休を経て2021年10月にダイヤ上から削除された。2025年3月29日のダイヤ改定で、5年ぶりに復活した[3]

停車駅は新清水・桜橋・狐ケ崎・御門台・草薙・古庄・日吉町・新静岡。早朝の2本を除き、県総合運動場駅で普通列車を追い抜くダイヤとなっている[3]

普通

新静岡 - 新清水間の全線で運行される列車のほか、入出庫運用として新静岡 - 柚木間、 長沼 - 新清水間の区間列車がそれぞれ運行されている。2020年4月のダイヤ変更以前は、新静岡 - 県総合運動場間の区間列車も存在した。

臨時急行

臨時急行は、2011年12月10日 - 2012年(平成24年)1月9日の土日祝日(12月31日を除く)に「セノバ号」として運行されたのが初めてであり、この時は新静岡と古庄 - 新清水の各駅に(新静岡行きは日吉町駅にも)停車した。次いで2012年の4月7日・8日の両日に、「静岡まつり」の観客輸送対応列車(列車愛称なし)として運転され、この時は下り列車(新清水行き)は通常運転されている急行の停車駅に、上り列車(新静岡行き)は、同じく通勤急行の停車駅に停車した。

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設備

現在は全駅に自動券売機、ICカードチャージ機自動改札機(全レーンICカード対応)が設置されている。乗車カードは、自社の「LuLuCa」、PiTaPa、及びPiTaPaと相互利用可能なICカード(SuicaPASMOKitacaTOICAmanacaICOCAはやかけんnimocaSUGOCA)が利用できる。このほか、2022年7月31日まで磁気プリペイドカード「パサールカード」が利用できた[6]。なお、LuLuCa以外のICカードについては入江岡駅以外の対応自動券売機にてチャージができる。

同路線の踏切は、遮断機の遮断かんを視認性向上のために従来の黄色・黒の縞模様からより目に付きやすい赤・白のものに逐次交換している。新静岡駅付近等での試験的な使用を経て、2009年現在は主要箇所で遮断かんの交換が完了した(警報機の塗装変更は行われていない)[7][8]

車両

要約
視点

1960年代までは長沼駅に隣接する自社の長沼工場で製造した電車が在籍していたほか、他社からの譲渡車もあったが、1973年(昭和48年)から1985年(昭和60年)にかけて新製された1000形にすべて置き換えられた。

ほかに車庫の奥に1926年大正15年)に製造された電動貨車デワ1形[9][10]が保存されている。構内の一角に保存されている無蓋車ト2の一端およびデワ1には、全国的にも貴重なバッファー・リンク式連結器が装備されている[10]

2016年(平成28年)春からA3000形[11]の導入が始まった。2022年令和4年)度までに12編成の車両をA3000形に置き換える計画となっている[12][13]

運行形態の節で述べたとおり、全列車が2両編成でラッシュ時や多客期でも増結は一切行われない。

現用車両

A3000形

1000形の置き換え用に製造された車両で、2016年3月24日から営業運転を開始した[14][15]。製造は総合車両製作所横浜事業所が担当している[11]。2024年2月23日に最後の1編成が営業運転を開始[16]、これにより計画された12編成全ての導入が完了した。

2017年5月24日、鉄道友の会が選定する2017年第57回ローレル賞を受賞した[17]

過去の車両

駿遠電気時代の電車

電化開業時に用意した木製単車14両の記録は不完全である。1-3(定員40人)、附随客車附1-3(定員40人)は玉川電気鉄道より、番号不明5両(定員40人)が美濃電気軌道より、そして前歴不明の11-13(定員40人)。これらは早期に処分されている。美濃電の5両は1921年及び1923年に廃車。玉電6両は1925年に1-3、1926年に附1-3が秋葉線へ転属、1929年に11・12が散水車となり13が廃車となる。なお1926年に入線した池上電気鉄道丙号電車(11・12)は静岡電気鉄道より譲渡されているが旧番号不明である[18]。1921年に入線した木製ボギー車22、24(日本車輌製、定員65人)は1923年に池上電気鉄道へ売却され乙号電車となった。

静岡電気鉄道時代の電車(1923-1943)

ボギー車
  • モハ20形(20 - 23・25)1924年認可、木製、定員65人、1937年に30 - 33・35の鋼体化により発生した車体を載せ変えて新30 - 33・35となる[19]
  • モハ30形(30 - 33・35)1924年認可、木製、定員65人、1937年日本車両で鋼製車体を新製して300 - 303・305となる[20]
  • モハ100形(100・101) 1927年日本車輌製、木製、定員78人、100は1947年台車のみ江ノ電へ売却[21]、1954年7月1日の改番により101→モハ3、のちクハ6(2代目)へ改造[22][23]
  • モハ120形(120・121) 1930年日本車輌製、半鋼製、定員108人、片側3扉(中央扉は両開)、大型すぎて1937-1938年西武鉄道と渥美電鉄(豊橋鉄道渥美線)に売却[24]
  • モハ80形(80 - 82) 1936年に西武鉄道新宿軌道線(都電杉並線)38-40(1927年汽車会社製、木製)を購入[25]。1954年7月1日の改番によりモハ65(65-67)[22] となり1956年に鋼体化される[26]
  • モハ300形(300 - 303・305)1937年日本車輌製、半鋼製,、30-33・35の鋼体化[27]、1954年7月1日の改番によりモハ10-13・15、その後モハ10→クハ11、モハ12→クハ5(2代目)、モハ13→クハ15[22]
  • モハ200形(200・201)1939年木南車輌製、半鋼製[20]、1954年7月1日の改番によりモハ5・6[22]
  • モハ220形(220 - 222)1939年木南車輌製、半鋼製[28]、1954年7月1日の改番により220→モハ7(2代目)、221→モハ8、222→モハ9、その後モハ8→クハ1(2代目)→モハ1(2代目)[22]

静岡鉄道成立以後

終戦間近の1945年6月20日と7月6日の空襲により主力の200・220・300形の10両のうち7両が被災した[29]。これらは1946年から1948年までに復旧されたが[30]、輸送整備のため1946年東急よりモハ1・2・7 - 9を購入。さらにデハ3251・3252が入線し、続いて近江鉄道、国鉄より車両を調達した。

  • モハ1・2・7 - 9 1946年東急より厚木線(旧神中鉄道)で使用されていたモハ1・2・7 - 9(目黒蒲田電鉄デハ1形電車)を購入[31]
  • モハ500・501 東急よりデハ3251・3252(元池上電気鉄道電気鉄道)を購入[32]。東急の国鉄63系電車の見返り供出車[33]。1954年にクモハ16・17に改番。その後2両固定化され、1969年には大幅な車体更新工事が行われたが1975年に廃車。
  • クハ1(初代) 近江鉄道より購入したクハユ24を改造した(1953年設計変更認可)。木製車、1960年廃車[34][35]
  • クハ3 近江鉄道より購入した客車(ホハフ1 元八日市鉄道[36])を長沼工場で制御車に改造した。木製車、1959年廃車[37]
  • クハ5(初代) 近江鉄道より購入した半鋼製2軸気動車キハ50を車体延長ボギー化改造した[38]。1961年廃車[34]
  • クハ7 国鉄より払下げられた元富岩鉄道セミボ20。1955年10月使用認可[39]
  • モハ(クモハ)18-20 国鉄より払下げられた元鶴見臨港鉄道モハ110形[40]

戦時中に鷹匠町車庫が手狭になり、湿地帯で稲作にむかず蓮田となっていた静岡市東部の長沼地区を苦労しながら埋め立てて車両基地を建設した。戦後、藤相線と中遠線の連絡線(全通により駿遠線となる)の用地として払い下げを受けた陸軍遠江射場に建つ木造の大砲格納庫[注釈 1]を車庫として移築して整備を進めた[41]。そして、戦災車両の復旧や転入車両の改造を手掛け、1957年の静岡国体開催にあたり、3両の車両の新製を始めるまでになった。やがて急増する旅客輸送のため、従来型の2両編成の定員220人を300人程度までにすることを目的に大型の100形が投入され、続いて300形・350形と「静鉄形電車」が生産されることになる。しかし、大型車の導入によりラッシュ時には変電所がパンクすることも多かったため、のちに変電所の設備が増強された[42]

自社製の車両は、1986年(昭和61年)に福井鉄道へ譲渡された300形を最後に、同線から姿を消した。

1000形

静岡清水線の在来車両置き換え用に製造された車両である。1973年に営業運転を開始した[43]東急車輛製造にて1985年までに2両編成12本(合計24両)が製造された。

2016年からA3000形への置き換えが進められ[13]、2016年3月24日のA3000形の営業運転開始に先立ち、1000形として初めてクモハ1004 - クハ1504編成が同年3月11日に営業運転を終了した[44]。2023年7月16日までに1004編成[44]、1002編成[45]、1003編成[46]、1005編成[47]、1007編成[47]、1001編成[48]、1006編成[48]、1009編成[49]、1010編成[50]、1012編成[51]、1011編成[52]の順で計11編成が引退している。そして2024年6月30日に最後の1008編成が引退した[53][43]

貨車

電化時に用意された車両は電動無蓋貨車(デ1・2)、無蓋貨車(ト1 - 3・5 - 11)1924年に電動有蓋貨車(デ3・5・6)、有蓋貨車ワ1 - 3、5・6が増備され、1926年に電動有蓋貨車(デ10-12)が増備される。1927年にデ3・5が秋葉線に転出、かわりにト12・13、ワフ7 - 9転入。1930年に無蓋貨車(トコ20-23)が製作される。しかし不況と自動車の進出により貨物量が激減し、1937年にデ6、ワ5、ト1・2・5・7・9 - 11が廃車(同時に秋葉線より貨車2両が転入)となり1941年には貨物は廃止された。以後の車両の動きは不明。

  • 特記事項を除き澤内一晃「静岡鉄道デワ1+ト1を見る」『J TRAIN』No.31を参照

1997年(平成9年)までは車籍の無い入換用機械として、旧鶴見臨港鉄道の生き残りであるクモハ18形20が使用されていたが、同年東急から保線用の無蓋車(ダンプトロリー)と共に導入したモーターカーに役目を譲った形で長期に渡って留置され、その後老朽化が著しく進行していたため2007年(平成19年)3月に解体された。解体前にはさよなら撮影会が開催されている[54]

車両数の変遷

さらに見る 年, A3000形 ...
  • 事業用車除く
  • 1982・83年は1月1日現在、84年以降は4月1日現在
  • 1982年 - 2006年は『私鉄車両編成表』各年版、ジェー・アール・アール より
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歴史

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大日本軌道静岡支社時代
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現在の入江岡駅付近に存在した入江町駅(1918年4月撮影)
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駅一覧

概要 "Category:静岡鉄道の鉄道駅"の全ての座標を示した地図 - OSM ...
  • 全駅静岡県静岡市内に所在(Google マップ)。
  • 全列車普通列車(すべての駅に停車)。
  • 普通列車はすべての駅に停車。
  • 通勤急行・急行は、平日ダイヤの朝のみ運行。
  • #印のある駅は列車待避可能駅(県総合運動場駅のみ)。
  • 乗換駅についてはいずれもJRの駅と直接つながってはおらず[注釈 4]、駅を出て徒歩で移動する必要がある。また、定期券での連絡運輸も設定されていない。
凡例
●:停車、|:通過(両方向)、↑↓:通過(矢印の方向に運転)
さらに見る 駅番号, 駅名 ...

新駅計画

当路線で駅間距離が最も長い狐ヶ崎駅 - 桜橋駅間の大坪・追分地区については、船越、岡、入江の各地区自治会から地域住民9,500名の署名を添えて新駅設置の陳情書が静岡市議会に提出された。静岡市議会で2014年2月の市議会で採択され、新駅設置に向けて検討を開始することとなった[64]。事業費は約5億1400万円と見込まれている[65]

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運賃

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2023年4月1日改定[66]。ICカード(LuLuCaカード及び全国相互利用交通系ICカード)、現金で乗車券を購入する場合ともに同額。

さらに見る キロ程, 運賃(円) ...

企画乗車券

  • 静鉄電車ワンデーパス - 2023年4月1日から通年発売化[67]
  • 電車バス1日フリー乗車券
  • 静鉄バス+日本平ロープウェイ+久能山東照宮セット券

利用状況

輸送実績

静岡清水線の近年の輸送実績を下表に記す。 表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

さらに見る 年 度, 輸送実績(乗車人員):万人/年度 ...

収入実績

静岡清水線の近年の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

さらに見る 年 度, 旅客運賃収入:千円/年度 ...

戦前の輸送実績

さらに見る 年度, 輸送人員(人) ...
  • 鉄道院鉄道統計資料、鉄道省鉄道統計資料、鉄道統計資料各年度版

駅別乗降人員上位10駅

さらに見る 順位, 駅名 ...
  • 静岡県統計書 1日平均(2015年度)
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静岡清水線が登場する作品

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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