トップQs
タイムライン
チャット
視点

ソウル交通公社1号線

ウィキペディアから

ソウル交通公社1号線
Remove ads

ソウル交通公社1号線(ソウルこうつうこうしゃいちごうせん)は、大韓民国ソウル特別市中区にあるソウル駅駅から同市東大門区にある清凉里駅までを結ぶ、ソウル交通公社が運営する鉄道路線である。旧ソウルメトロ運営路線。

概要 基本情報, 国 ...
さらに見る 路線図 ...
概要 ソウル交通公社1号線ソウルメトロ1号線首都圏電鉄1号線, 各種表記 ...
Remove ads

概要

首都圏電鉄1号線を構成する路線の一つ。韓国ではソウル地下鉄1号線と呼ばれている。

ラインカラー紺色2000年までは赤色だった)。正式名称ではないが、かつては鐘路線と呼ばれたことがある。

乗り入れ先の韓国鉄道公社(KORAIL)に合わせ左側通行となっている。韓国の都市鉄道などでは他に、盆唐線がある。

韓国最初の地下鉄である。

路線データ

沿革

運転

ソウル交通公社の車両は、京元線楊州駅・京仁線仁川駅・餅店基地線西東灘駅まで直通しており、また複々線区間では緩行線各駅停車)のみ運転している。

車両

使用する車両は以下の通り。

自局車両

乗り入れ車両

韓国鉄道公社
  • 311000系
    • 1世代(1996年 - )
    • 2世代(2003年 - )
    • 3世代(2005年 - )
    • 4世代(2019年 - )
    • 5世代(2022年 - )
    • 6世代(2023年 - )

過去の乗り入れ車両

  • 1000系
    • 1世代(1974年 - 2004年)
    • 2世代(1986年 - 2017年)
    • 3世代(1994年 - 2020年)

乗り入れ先の韓国鉄道公社は交流電化を採用しているため、交直流両用の車両が使用される。

駅一覧

  • 駅番号はKORAILからの通し番号になっている。
  • 駅所在地は全線ソウル特別市内。
さらに見る 駅番号, 駅名 ...
Remove ads

日本の関与

日本の技術協力と円借款によって建設された。

朝鮮戦争の英雄であり、交通部長官に就任した白善燁が、日本の運輸大臣としてよど号ハイジャック事件対応への謝意を示して「なにかお手伝いできることがあれば申し付けてください」と申し入れてきた橋本登美三郎に対して援助を打診したことから、日韓合同のプロジェクトとなった[4]

1974年8月15日の光復節を期して開通記念式典が行われ、朴正煕大統領も出席して華々しく祝われるはずであったが、当日に文世光事件が発生してしまったため実現しなかった[4]

金炯旭によれば、地下鉄車両の導入に関わった三菱商事丸紅三井物産・日商岩井(現・双日)の日本商社連合から岸信介ほか日韓の実力者にリベートが支払われていたとされる[4]

日本統治時代に存在した地下鉄計画

かつての日本統治下でもほぼ同様の計画が存在していた。この最初の計画は1920年代に始まったとされる。当時の京城では、工業化が進展し人口が100万人を超え、電車とバスだけでは旅客輸送の限界に近づいていたため[5]、私鉄の朝鮮鉄道や東京の資本家により設立された京城鉄道によって現在の1号線と同じ京城駅(現在のソウル駅)から清凉里駅の区間で計画が立てられた。1928年には「地下鉄中央線」として実際に出願がなされ[6]、結果的に京城鉄道による建設として朝鮮総督府から認可が下りたものの、資金難で開通には至らなかった[5]1937年2月頃の時点では昭和15年(1940年)までの完成が目指されていたとされる[7]。なおこの計画は日中戦争開戦による資材不足や韓国の独立のような混乱により白紙となっている[8]

脚注

関連項目

外部リンク

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads