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松前木遣

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松前木遣(まつまえきやり)とは、伊勢神宮式年遷宮における御木曳の神事で唄われた木遣唄である。

概要

要約
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神宮式年遷宮で、用材を運ぶ儀礼「御木曳」の折に唄われ[1]、あるいは二見浦の夫婦岩に大注連縄をかける際の掛け声としても用いられた。後に、北前船の航路に当たる瀬戸内海沿岸、北陸東北地方日本海沿岸、さらに大和民族の経済圏の拡大に伴って北海道から樺太 [2]に伝播し、各地で新たな民謡として定着した[3]

名称

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宝暦年間に描かれた「松前屏風」。西国はじめ諸国からの廻船で賑わう松前の城下町

松前木遣の「松前」とは、日本最北の松前藩城下町である松前の街である。伊勢の遷宮で謡われたこの木遣が「松前」の名称を持つに至った経緯について、民謡研究家の竹内勉は以下のように考察している。

「瀬戸内海塩飽諸島の船乗りは伊勢神宮を熱心に信仰し、新造船の舟卸しから帆柱起こしなど大人数が力を結集する作業のおり、音頭取りとしてお木曳の木遣を唄った[4]。後に塩飽諸島の船乗りは大坂から瀬戸内海を経て北海道に向かう北前船、つまり松前に向かう船の乗組員となり、航路に当たる山陰、北陸方面から東北の寄港地に置いて、船おろしや帆柱起こしなどの力仕事でお木曳の木遣を謡った。寄港地の人々は、伊勢神宮のお木曳に由来するこの木遣唄をありがたいものとして受容した[5]。そして「松前行きの船乗りの木遣」として、お木曳木遣を「松前木遣」と名付けた。 竹内勉は、「松前木遣」の命名者は「新潟の花柳界ではないか」と推測している[6]

伊勢神宮のお木曳木遣

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伊勢神宮、式年遷宮の御木曳

伊勢神宮を有する三重県の式年遷宮時の木遣り唄は、以下のものである。

水揚木遣伊勢市中島町)[7]

オーホーンエー
勢勇団ではヨーイヤーヨー
(ソリャヤットコセー ヨーイヤヨー)
さりとては ふんどが 名を出すヨーイトショー
(ソリャハー ヤッセーサ エイエイヤ エイエイヤー エイ)


子供木遣(伊勢市中島町)[7]

(アーエーンヤーサーンヨーエ サーサーヨーイヤーサー)
サー祝いめでたの若松様は
(ソーレーカソーレーカ)
枝も栄える葉も茂るサンヨーエー
(アーエーンヤーサンヨーエ サーサーヨイヤサー)


本木遣(伊勢市中島町)[7]

(アーヨーイサヨイサー エーコレワノサー締めて曳くのもいさぎよくヨーイサーヨイヤサー)
オンヤリョーさてもめでたやこの御柱を
(ハーやっつけな 綱をしらべて声掛けてソーオレ)
曳いて納むるコレワノーありがたやエイヨーサー
(アーレヨーイサヨイサー エーコレワノサー締めて曳くのもいさぎよくヨーイサーヨイヤサー)


お木曳木遣(伊勢市古市[7]

ホーイエー
お木は木曽山ヨーイヤーヨーイ
(ヤットコセー ヨーイヤナー)
谷谷越えて 今は五十鈴の宮柱ヨーイトセー
(ソリャアーリワ アリャリャリャリャン ヨーイトコヨートコセー)
花の中から木遣がもれる 木遣聞きたや顔見たや


神宮の御用材のヒノキ材を木曽から桑名まで水路で運び、桑名から伊勢湾を海路で南下、宮川を利用して小川町付近の貯木場へ50本の材を組んだを運び込み、小川町の町民が4月1日より総出で水揚げする。その折の木遣が「水揚木遣」で、これは伊勢でも小川町でしか唄われない[7]

宮川から揚げた材は台車に積んで毎日5,6台を各町内の氏子が引いて運ぶ。その折に材の上で音頭取りが唄うのが「本木遣」で、子供たちが歌うのが「子供木遣」である。まず子供が子供木遣を唄い、続いて大人が本木遣を唄い終えるや待機していた町民550人ほどが一斉に綱を取って材を曳く。しばらく曳けば一休みし、再開の折は再度「子供木遣」「本木遣」を唄ったうえで綱を曳く[8]

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日本各地の分布

要約
視点
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明治末から大正期に撮影した北前船(井田家旧蔵古写真・福井県立若狭歴史博物館蔵)。北前船は物資と共に、民謡を運んだ

松前木遣は沖縄地方を除く日本各地、とりわけ北前船の航路を有する日本海沿岸地方に伝播した。そのため松前木遣の掛け声

アラアラドッコイ ヨーイトコ ヨイトコナー
アリャリャン コリャリャン ヨーイトナー

の掛け声を含む民謡がそれらに地域に伝承されている。

以下に、日本各地の「松前木遣系統」の民謡を示す

鰊場作業唄より「網起こし音頭」の「切り声」

江戸時代後期から昭和中期まで北海道日本海沿岸を中心に盛況を極めたニシン漁の水揚げ作業で唄われた民謡。ニシン捕獲用の「建て網」に追い込まれたニシンを、運搬、貯蔵用の大網「枠網」へと移し替える網起こし作業の折に唄われる。

ハードーットコ ドットコセーノ
(ヨイヤー サー)
ハーヨオイヤ サー
(エーエーヨオイヤ サー)
ヨーイトー ナー
(アリャリャリャ ドーッコイ ヨーイトコ ヨーイトコナー)
ホーラア エー
一に乙(きのと)の ヤーエ
ヤットコセーノ ヨーイヤナ
ホーラァ 大日様
ヨーイトコ ヨーイトコナー
二には 新潟白山さまよ
三には 讃岐金毘羅さまよ
四には 信濃の 善光寺さまよ
五つ出雲の 大社(おおやしろ)
六つ 村々 鎮守
厚苫かわせば 美国の姉ちゃだ
恋の観音崎 宝の小島
女郎子岩 曇れば ゴメ島晴るる[note 1]

積丹町美国 美国鰊場音頭保存会 昭和45年(1970年採録)[9]

帆柱起こし音頭

北前船は木造船のためにフナクイムシの害を受ける。そこで船が航行しない冬季には河口部に船を舫うことで、淡水に弱いフナクイムシを退治する。その折、帆柱は倒して筵で覆い、冬を越させた。冬季の船の係留場所は瀬戸内では大阪木津川河口、日本海沿岸では富山県小矢部川の河口、伏木だった[4]。伏木では仕事始めの三月吉日、「帆柱起こし」の儀礼を行う。直径1尺3寸、長さ23尺の帆柱の覆いを解き、帆や巻き綱をつけ、ロクロで引いて引き立て、観物人には餅巻きで祝う[10]。その折に唄われる「帆柱起こし音頭」の囃し言葉は、松前木遣そのままである[10]

ソリャエー
帆柱起こしで ヤーエー
ソラ ヤートコセー ヨーイヤナー
めでためでたの伏木の浜で
ヨーイトーナー ソーラン
アラエーノ アリャアリャ ドッコイショ ヨーイトーコー ヨーイトーコーナー
親方さんの 金釣る竿じゃ
島々弁天 端々岬
一に乙の大日さまよ
二には新潟の 白山さまよ
三に讃岐の 金毘羅さまよ
四には信濃の 善光寺さまよ
五つ出雲の 大社さま
六つ村々 鎮守の神様
七つ七尾の 天神さまよ[note 2]
八つ八幡の 八幡さまよ[note 3]
九つ熊野の 権現さまよ

[11] [12]

[note 4]

船曳き唄

鳥取県鳥取市を流れる千代川河口の賀露(かろ)の港では、出入りの千石船を舫う折、船を引き寄せる綱を曳く際の唄が伝承されていた。民謡研究家の竹内勉は昭和41年(1966年)、当時54歳の漁師から「船曳き唄」を採録している[13]

ソラエー
揚羽の蝶はヤーレー
(アラ ヤッテコセー ヨーイヤナー)
揚羽の蝶は 殿様のだよ[note 5] ヨーイトナー
ホラララ デモ
(アリャリャリャ ドッコイショ 
ソリャリャリャ ドッコイショ
ヨーイトーコー ヨーイトーコーナー
禿(かむろ)がテンテンだよ
禿が テンテンなら 着るのが半纏だよ[14]

あか取り唄

「あか」(淦)とは、船内に溜まる漏水の事である。漏水は竹製のポンプで吸い出して船外に捨てるが、その際の作業唄が「あか取り唄」として島根県浜田市で採集されている[15]

新造作りて エー 何積みましょか
(ヨイヨイ)
昆布を積みましょ ササ よろこぶを
(アリャ ヨーイヨーイ ヨイヨイヨイ アララン コララン ヨーイトナ あーかんせー 飲むよー)
押しき上らぬ 音戸の瀬戸
押せば都が 近くなる
船も 舟子も 船玉様
苦労なされた 沖の瀬に
沖の暗いのに 白帆が見える
あれも紀の国 蜜柑船[16]

桑名の殿さん

三重県桑名市は江戸期には伊勢湾の海上交通の要衝として、東海道宿場町桑名宿として、さらに桑名藩城下町として栄えた。桑名の花柳界に伝わる「桑名の殿さん」は、松前木遣をお座敷唄に仕上げたものである[17]

桑名の殿さん ヤーンレー
ヤットコセー ヨイヤナー
桑名の殿さん 時雨で 茶々漬け
ヨーイトナー アーレーワー
(アリャリャン リャン)
ヨイトコー ヨイトコー ナー
(ハーソコダヨ)
松前殿さん
で茶々漬け
紀州の殿さん
蜜柑で茶々漬け
源氏は白旗
平家は赤旗
天保山は沖の旗
やれ出るそれ出る
八橋の船だよ[18]

なお歌詞の中に「松前殿さん 鰊で茶々漬け」の語があることから桑名の花柳界の客には「西廻り航路」「北前船」「松前」「ニシン」に詳しい上方商人が多く、彼ら、そして西日本の花柳界で「松前木遣」の名が生まれたのではないか、とも竹内勉は考察している[19]


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日本各地の、松前木遣系統の民謡

要約
視点

NHK(日本放送協会)は昭和戦前期から半世紀にわたり鹿児島県奄美地方トカラ列島と沖縄県を除いた全国各地で民謡を採集して記録し、『日本民謡大観』としてまとめた。その折の録音資料は北海道から鹿児島県まで46都道府県、2727曲に上る。以下は、そのうち松前木遣にルーツを持つ曲目の一覧である。一般的に網起こしや船下ろし、帆柱起こしなど船に関わる民謡が多く、それ以外でも土搗唄酒造り唄など、大人数で力を結集する作業、とりわけハレの場で集団で謡われる曲目が多い。

さらに見る 地域, 名称 ...

脚注

参考資料

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